物件探しは「絞り込みの科学」──顧客の意思決定をサポートする情報提供術で成約率を高める

変わりゆく顧客行動、変わるべき仲介手法
「この物件、まだ空いていますか?」──その問い合わせが来た時、顧客はすでに相当な絞り込みを終えている。2024年の調査データが示す現実は、不動産仲介業界に従事する私たちの常識を覆すものだった。物件を契約した人が検討時に問い合わせた物件数は平均わずか11物件。これは直近10年間で最少の数字だ。
顧客は来店前に、すでに戦いを終えている。大手不動産ポータルサイトで何十件、時には何百件もの物件を眺め、条件を入力し直し、比較検討を重ねた末に、厳選された数件だけを手に問い合わせボタンを押す。この「事前絞り込み時代」において、仲介業者に求められる役割は根本から変わった。もはや「たくさんの選択肢を提示すること」ではない。顧客の絞り込みプロセスを理解し、最終的な意思決定を確実にサポートすることこそが、成約への最短ルートなのだ。
本記事では、不動産情報サイト事業者連絡協議会(RSC)が2024年に実施した利用者意識アンケート調査の最新データを読み解きながら、「絞り込みの科学」を武器に成約率を高める実践的な情報提供術を紹介する。賃貸仲介の現場で今日から使える知見が、ここにある。
データが物語る「決断型サーチャー」の実像
問い合わせ物件数は10年で最少──顧客は何を考えているのか
RSCの調査によれば、物件契約者が検討時に問い合わせた物件数は2024年で平均11物件。前年比2物件減という数字は、一見小さな変化に見えるかもしれない。しかし、これが10年間で最少の記録であり、賃貸では平均6物件、売買でも21物件にまで減少している事実は重い。
さらに注目すべきは「10物件以上問い合わせた」という層の減少だ。賃貸・売買ともにこの割合が過去最低を記録し、特に売買では「1物件のみ問い合わせた」という割合が最高値を更新した。つまり、顧客は少数精鋭の物件に的を絞り、無駄な問い合わせを極力避ける行動パターンを確立しているのだ。
同様の傾向は問い合わせた不動産会社数にも現れている。平均2.3社(前年比0.4社減)という数字は、「とりあえず複数社に聞いてみよう」という時代が終わったことを意味する。賃貸・売買ともに「1社のみ」への問い合わせが10年で最高となり、「6社以上」の割合は賃貸で過去最低を記録した。
絞り込みの背景にあるもの
なぜ顧客は事前にここまで絞り込むのか。その理由は3つある。
**第一に、情報の爆発的増加だ。**大手不動産ポータルサイトには膨大な物件情報が掲載され、詳細な写真、間取り図、周辺環境までが手の中で確認できる。選択肢が多すぎるがゆえに、顧客は自己防衛的に絞り込みを行わざるを得ない。心理学で「決定疲れ」と呼ばれる現象だ。
**第二に、時間効率への意識だ。**住まい探しにかける期間も短縮傾向にある。賃貸では「2週間~1か月未満」、売買では「3か月~6か月未満」が最多だが、2週間未満で契約に至るケースは賃貸・売買ともに増加している。限られた時間の中で効率的に動くため、顧客は問い合わせる前に徹底的にオンラインで情報を精査する。
**第三に、問い合わせへの心理的ハードルだ。**一度問い合わせをすれば、営業の電話やメールが続くことを多くの顧客は経験的に知っている。だからこそ、「本当にこの物件なら」と確信できるものだけに絞って連絡する。調査でも「問合せ後の営業がしつこかった」という不満が一定数存在することが裏付けられている。
絞り込みをサポートする情報提供の5原則
顧客が既に絞り込みを終えているなら、仲介業者の役割は何か。それは、顧客の絞り込みプロセスに寄り添い、最終的な意思決定を後押しすることだ。以下、実践的な5つの原則を紹介する。
原則1:「情報の透明性」が信頼の第一歩
RSCの調査で興味深いのは、不動産会社を選ぶポイントとして「物件のウィークポイントも書かれている(鉄塔が近い、大通りに面している等)」が上位にランクインしている点だ。2024年の調査では全体で39.8%、賃貸で39.7%、売買で40.0%がこれを「特にポイント」として挙げている。
これは何を意味するか。顧客は完璧な物件など存在しないことを知っている。むしろ、デメリットを隠さず提示する誠実さこそが、信頼構築の鍵になる。
実践Tips:
- 物件情報に「正直なデメリット」を明記する(「1階のため若干日当たりが控えめ」「駅まで徒歩12分、雨の日は少し遠く感じるかもしれません」等)
- 問い合わせ対応時、必ず「気になる点はございませんか?」と逆質問する
- デメリットを伝えた上で、それを補うメリットを提案する(「日当たりは控えめですが、夏は涼しく過ごせます。また、家賃がエリア相場より5千円安く設定されています」)
原則2:「視覚情報の充実」で意思決定を加速させる
調査では、不動産会社を選ぶ際のポイントとして「写真の点数が多い」がトップ(全体72.1%)を獲得している。さらに「部屋の雰囲気が分かる動画が付いている」も年々増加し、特に売買では2022年から連続で7ポイント以上増加している。
文字情報だけでは顧客の不安は解消されない。視覚的に「ここで暮らす自分」をイメージできて初めて、問い合わせというアクションに移る。
実践Tips:
- 物件撮影は時間帯を変えて複数回実施(朝の光の入り方、夕方の雰囲気など)
- 動画は「ドアを開けてから各部屋を巡るルート」を意識したウォークスルー形式にする
- 室内だけでなく、共用部分、周辺環境(最寄り駅からの道順、近隣のスーパー等)も撮影
- 大手不動産ポータルサイトで「この写真があれば自分は問い合わせるか?」という視点でチェックする
原則3:「レスポンスの速度」が成約を分ける
調査で満足度が最も高かった対応は「問合せに対するレスポンスが早かった」(全体71.4%)。一方で不満点の上位には「問合せをしたら返答が遅かった」(全体17.0%)が入っている。
顧客が問い合わせをした瞬間、その物件への興味は最高潮に達している。この熱が冷めないうちに対応することが、成約率を左右する。
実践Tips:
- 問い合わせ受信から30分以内の初回返信を目標にする(難しい場合も「受け付けました。詳細は○時までにご連絡します」と即座に返す)
- 営業時間外の問い合わせには自動返信を設定し、翌朝一番に対応
- 「その物件はもう埋まっている」という場合も、代替案を必ず3件以上添えて返信
- 内見予約は顧客の希望時間に最大限柔軟に対応する
原則4:「正確で最新の情報」が大前提
調査では、不動産会社に求めるものとして「正確な物件情報の提供」と「最新の物件情報の提供」が常に上位にランクインしている。2024年の調査では「最新の物件情報の提供」が賃貸・売買ともに5ポイント超増加した。
「その物件はもう埋まっています」は、顧客にとって最大の失望だ。調査でも不満点のトップに挙げられている(賃貸22.2%)。この一言で、その会社への信頼は失われる。
実践Tips:
- 物件情報は最低でも1日2回(朝・夕)更新する
- 大手不動産ポータルサイトへの掲載情報も同期させる
- 契約済み物件は即座にサイトから削除し、「申込中」のステータスも明確に表示
- 社内で物件情報の一元管理システムを導入し、情報の齟齬を防ぐ
原則5:「顧客のペースを尊重」した対応
調査で満足度が高かった対応に「こちらの都合を配慮してくれた」(全体42.4%)、「契約の意思決定をこちらのペースに合わせてくれた」(全体25.2%)がある。一方で不満点には「契約の意思決定を急かされた」(全体13.9%)が入っている。
絞り込みを終えた顧客は、自分のタイミングで決断したいと考えている。ここで営業圧力をかけると、逆効果になる。
実践Tips:
- 「いつまでに決めたいですか?」と顧客の希望スケジュールを最初に確認
- 内見後、即座に決断を求めない。「ゆっくり考えて、質問があればいつでもご連絡ください」と伝える
- フォローアップは「押し売り」ではなく「追加情報の提供」として位置づける(「先日ご案内した物件の近くに新しいカフェができたそうです」等)
- 複数物件を検討中の顧客には、比較表を作成して提供する
「絞り込みの科学」を実践するための組織体制
個人の努力だけでは限界がある。組織として絞り込みサポート体制を構築することが、持続的な成約率向上につながる。
社内でのノウハウ共有システム
成約に至った案件の「決め手」を社内で共有する仕組みを作る。毎週のミーティングで「今週の成約事例」を発表し、どのような情報提供が効果的だったかを議論する。これにより、組織全体の対応レベルが底上げされる。
物件情報のデータベース化
物件の特徴だけでなく、「どのような顧客層に響きやすいか」「過去の内見者の反応」などをデータベースに蓄積する。これにより、問い合わせがあった際に、その顧客に最適な情報をすぐに提示できる。
顧客対応マニュアルの整備
レスポンスの速度、情報提供の透明性、顧客ペースの尊重など、5原則を具体的な行動レベルに落とし込んだマニュアルを作成する。新人スタッフも即戦力として機能するようになる。
フランチャイズという選択肢──組織力で勝つ
ここまで述べてきた「絞り込みの科学」を個店で実践するには、相当なリソースが必要だ。物件情報の管理システム、写真・動画撮影の機材とスキル、顧客対応のノウハウ、そして最新トレンドへのキャッチアップ──これらすべてを一から構築するのは容易ではない。
そこで検討すべきなのが、実績あるフランチャイズ本部との提携だ。優れたフランチャイズシステムは、以下のような支援を提供する:
- 統一された情報管理システムで、物件情報の正確性と鮮度を担保
- ブランド力により、大手不動産ポータルサイトでの露出を最大化
- 研修プログラムで、顧客対応スキルを短期間で向上
- 本部の営業支援で、地域密着では難しい広域からの集客を実現
- 最新のデジタルツールを共有し、動画撮影やバーチャル内見などに対応
特に、「絞り込み時代」においては、いかに問い合わせの「母数」を増やすかではなく、いかに「質の高い問い合わせ」を獲得し、それを確実に成約につなげるかが勝負になる。フランチャイズ本部の持つノウハウと仕組みは、この点で大きなアドバンテージとなる。
まとめ──絞り込みに寄り添うことが、成約への最短距離
不動産仲介業の本質は変わらない。それは、住まいを探す人と物件を結びつけることだ。しかし、その手法は時代とともに進化しなければならない。
2024年のデータが示すのは、顧客が既に高度な絞り込みを完了してから問い合わせをしてくるという現実だ。平均11物件、不動産会社2.3社という数字は、「もうあなたの会社に辿り着いた時点で、顧客の選択肢は極めて限られている」ことを意味する。
だからこそ、その貴重な問い合わせを無駄にしてはならない。透明性のある情報提供、充実した視覚資料、迅速なレスポンス、正確で最新の情報、そして顧客のペースを尊重した対応──これら「絞り込みの科学」に基づく5原則を実践することが、成約率向上の鍵となる。
物件探しは、顧客にとって人生の重要な決断の一つだ。その決断を支えるプロフェッショナルとして、私たち仲介業者が提供すべきは、単なる物件情報ではない。顧客の絞り込みプロセスに寄り添い、最終的な意思決定に確信を与える「情報提供術」こそが、これからの時代に求められる真の価値なのだ。
【この記事のポイント】
- 物件契約者の問い合わせ数は平均11物件で10年間最少
- 顧客は来店前に徹底的な絞り込みを完了している
- 透明性・視覚情報・速度・正確性・ペース尊重の5原則で成約率向上
- フランチャイズ活用で組織的な対応力を強化