物件写真は「量より質」ではなかった——顧客が本当に求める写真戦略をデータで解明

「写真は見栄えが命」——そう信じて物件撮影に力を入れている不動産会社は少なくない。しかし、最新の調査データが示す事実は意外なものだった。顧客が不動産会社を選ぶ際に重視するのは、写真の美しさよりも「写真の点数」。この数字の裏には、変化する顧客行動と、それに対応できていない業界の構造的課題が隠されている。本記事では、2024年に実施された大規模アンケート調査を基に、物件写真戦略の最適解を探る。
データが示す明確な事実:「点数」が「見栄え」を上回る
不動産情報サイト事業者連絡協議会(RSC)が2024年に実施した「不動産情報サイト利用者意識アンケート」は、業界関係者にとって見過ごせない事実を明らかにした。
物件を契約した1,642人に対し、「不動産会社を選ぶ際のポイント」を尋ねたところ、「写真の点数が多い」と回答した人は35.1%に達した一方、「写真の見栄えがよい」は24.1%にとどまった。その差は約11ポイント。賃貸に限定すると、写真の点数を重視する割合は38.1%まで上昇し、見栄えの23.7%を大きく引き離している。
この傾向は「特にポイントとなる点」という設問でも一貫している。写真の点数を最重要視する顧客は6.9%、写真の見栄えは8.2%と逆転するものの、複数回答可能な「気にする点」との比較では、明らかに点数への関心が高い。
なぜ顧客は「点数」を求めるのか
この結果は、顧客の情報収集行動の変化を反映している。同調査によれば、問い合わせた物件数は平均5.3件で、直近10年で最少を記録。賃貸では5.1件、売買では5.7件と、いずれも前年から減少している。
つまり、顧客は問い合わせる前に物件を徹底的に絞り込んでいる。その絞り込みの判断材料として、多角的な情報——すなわち「多くの写真」が不可欠なのだ。
リビングの美しい一枚よりも、キッチン、バスルーム、玄関、収納、ベランダなど、生活動線を想像できる複数の写真。顧客が求めているのは、プロモーション用の「映える写真」ではなく、実際の暮らしをイメージできる「情報としての写真」である。
業界の盲点:「見栄え」に偏重した写真戦略
多くの不動産会社が陥っている罠がある。それは、限られた撮影リソースを「いかに美しく撮るか」に注力してしまうことだ。
プロのカメラマンに依頼し、広角レンズで室内を広く見せる。照明を調整し、家具を配置してモデルルームのように仕上げる。確かにこうした写真は目を引くが、顧客が本当に知りたいのは「この部屋で自分がどう暮らせるか」という具体的なイメージなのだ。
写真の点数不足がもたらす機会損失
大手不動産ポータルサイトを見ると、物件によって掲載写真数に大きなばらつきがある。5枚程度しか掲載していない物件もあれば、30枚以上掲載している物件もある。
顧客の視点に立てば、答えは明白だ。5枚の美しい写真と、20枚の標準的な写真。どちらが問い合わせにつながりやすいか。データは後者を支持している。
写真が少ない物件は、それだけで選択肢から外される可能性が高い。問い合わせ件数の減少は、そのまま成約機会の損失に直結する。
実践的な写真戦略:「質」と「量」の最適バランス
では、不動産会社はどのような写真戦略を取るべきか。答えは「まず点数を確保し、その上で質を高める」という順序にある。
最低限押さえるべき撮影箇所
調査データによれば、顧客が物件情報を探す際に必要だと思う写真の上位は以下の通りだ(複数回答):
- リビング/ダイニングの写真 (賃貸78.9%)
- 浴室の写真 (賃貸66.5%)
- キッチンの写真 (賃貸64.4%)
- トイレの写真 (賃貸48.2%)
- 物件外観の写真 (賃貸46.3%)
これらは基本中の基本だが、すべてを網羅している物件はまだ少ない。さらに、洗面所、玄関、収納、ベランダ、共用部など、生活に直結する場所の写真も重要度が高い。
デジタルショールームという新戦略
ここで注目すべきなのが「デジタルショールーム」という概念だ。これは単なる写真の羅列ではなく、物件を疑似的に内見できるような、体系的な視覚情報の提供を指す。
具体的には:
- 各部屋を複数アングルから撮影(部屋の広さや形状が分かる)
- 収納内部まで撮影(生活感を想像できる)
- 窓からの眺望を撮影(日当たりや周辺環境が分かる)
- 時間帯を変えて撮影(朝・昼・夜の雰囲気が分かる)
これらを実現するには、撮影の仕組み化が不可欠だ。プロに依頼するだけでなく、社内で撮影マニュアルを整備し、誰でも一定品質の写真を効率的に撮れる体制を構築する必要がある。
動画コンテンツの台頭:静止画だけでは不十分な時代へ
写真の点数確保と並行して取り組むべきなのが、動画コンテンツの活用だ。
調査では、**「部屋の雰囲気が分かる動画が付いている」ことを重視する顧客が32.6%**に達している。賃貸では32.5%、売買では33.3%と、賃貸・売買問わず高い関心を集めている。
さらに注目すべきは、この項目が前年からポイント数を伸ばしていることだ。特に売買では、「物件の室内の動画」が前年7位から6位に順位を上げるなど、動画ニーズの高まりが顕著だ。
動画撮影のハードルは下がっている
「動画撮影は専門的で難しい」と考える担当者もいるだろう。しかし、スマートフォンの高性能化により、誰でも一定品質の動画を撮影できる時代になっている。
重要なのは、プロモーション映像のようなクオリティではなく、物件の実態を正確に伝える記録映像だ。部屋を一周するだけのシンプルな動画でも、静止画では伝わらない空間の広がりや動線を伝えられる。
競合分析から見える差別化ポイント
ここで視点を変えて、競合他社との差別化について考えてみたい。
同じエリアで同じような物件を扱っていても、成約率に差が出る会社とそうでない会社がある。その違いの一つが、情報提供の充実度だ。
調査データでは、不動産会社を選ぶ際のポイントとして「他にもたくさんの物件を掲載している」(34.8%)が上位に入っている。しかし、物件数だけでなく、一つ一つの物件情報がどれだけ充実しているかも重要な判断材料になっている。
写真や動画が充実している会社は、それだけで「顧客目線」「情報開示に積極的」という印象を与えられる。これは信頼構築の第一歩となる。
データが裏付ける「透明性」の価値
興味深いのは、「物件のウィークポイントも書かれている(鉄塔が近い、大通りに面している等)」という項目だ。これを重視する顧客は38.2%、特にポイントとなる点では39.8%とトップを占めている。
顧客は、良い面だけでなく悪い面も含めた**「正直な情報開示」**を求めている。写真の点数を増やすことは、こうした透明性の提供とも密接に関連している。
FC加盟という選択肢:個店の限界を超える仕組み
ここまで述べてきた写真戦略を、個人経営や小規模店舗が単独で実現するのは容易ではない。撮影マニュアルの整備、機材の準備、スタッフの教育、システムの構築——すべてに時間とコストがかかる。
そこで検討すべきなのが、フランチャイズ本部が提供する仕組みの活用だ。
優れたFC本部は、加盟店に対して以下のような支援を提供している:
- 標準化された撮影マニュアル(誰でも一定品質の写真が撮れる)
- 専用の撮影機材や編集ツール(投資負担の軽減)
- 大手不動産ポータルサイトとの連携(掲載の効率化)
- 最新のデジタルマーケティングノウハウ(顧客獲得の最適化)
こうした仕組みを活用することで、個店では難しかった「写真点数の確保」「動画コンテンツの制作」「デジタルショールーム化」を実現できる。
本部のブランド力×個店の地域密着
FC加盟のもう一つのメリットは、本部のブランド力と個店の地域密着力を両立できることだ。
調査では、不動産会社選びのポイントとして「地元で知名度のある会社である」が72.1%でトップを占めている。一方で、大手ポータルサイトでの露出や、充実した物件情報も求められている。
この両立は、個店単独では難しい。しかしFC加盟により、本部の支援を受けながら地域に根ざした営業活動を展開できる。
変化する顧客行動に対応するために
冒頭で触れたように、顧客の情報収集行動は大きく変化している。問い合わせ件数の減少は、顧客がより慎重に、より効率的に物件を絞り込んでいることを意味する。
この変化に対応するには、従来の「来店してもらって説明する」というモデルから、**「オンラインで十分な情報を提供し、来店時には成約に集中する」**というモデルへの転換が必要だ。
非対面接客の可能性
調査では、非対面型の接客に対する関心も高まっている。賃貸では「IT重説」、売買では「オンライン接客」が最も使ってみたいサービスとして挙げられ、各項目とも「使ってみたい」が増加傾向にある。
これは、顧客が時間と場所の制約から解放されたい、効率的に住まい探しを進めたい、と考えていることの表れだ。
写真や動画の充実は、こうした非対面接客の土台となる。十分な視覚情報があれば、来店前の段階でかなり具体的な検討が可能になる。
投資対効果の検証:写真戦略の ROI
「写真の点数を増やすべき」という結論は理解できても、経営者としては投資対効果が気になるところだろう。
試算してみよう。一物件あたりの撮影時間を30分増やし、写真点数を10枚から25枚に増やすとする。スタッフの時給を2,000円とすれば、追加コストは1,000円/物件だ。
一方、問い合わせ率が10%向上し、成約率が5%向上すれば、月間取扱物件数によっては数十万円の売上増につながる可能性がある。
さらに、一度撮影マニュアルや体制を整えれば、継続的にその効果を享受できる。初期投資のハードルは確かにあるが、中長期的な ROI は十分に見込める施策と言える。
成功事例に学ぶ:写真戦略の実践
実際に写真点数の充実によって成果を上げている事業者は少なくない。
ある地方都市の賃貸仲介会社は、全物件で最低20枚以上の写真掲載を義務化したところ、問い合わせ件数が前年比30%増加した。さらに、来店後の成約率も向上。理由は「写真で事前に十分確認できたため、来店時のミスマッチが減った」ことだという。
別の事例では、動画コンテンツを積極的に取り入れた会社が、競合の多いエリアで差別化に成功。特に遠方からの転勤者や、忙しいビジネスパーソンからの反響が大きかったという。
小さく始めて大きく育てる
重要なのは、完璧を目指さず**「小さく始めて段階的に改善する」**アプローチだ。
まずは主力物件10件で写真点数を倍増させてみる。反響の変化を測定し、効果が確認できれば全物件に展開する。動画も同様に、撮影しやすい物件から試験的に導入し、ノウハウを蓄積していく。
こうした漸進的アプローチなら、リスクを抑えながら新しい取り組みにチャレンジできる。
まとめ:データドリブンな写真戦略で競争優位を築く
本記事で明らかになったポイントを整理しよう。
【調査データから得られた知見】
- 顧客は「写真の見栄え」(24.1%)よりも「写真の点数」(35.1%)を重視
- 問い合わせ前に物件を徹底的に絞り込む傾向が強まっている
- 動画コンテンツへの関心が高まっている(32.6%)
- 物件情報の透明性・充実度が会社選びの重要な判断材料
【実践すべき写真戦略】
- まず写真の点数を確保する(最低15〜20枚以上)
- 生活動線をイメージできる多角的な撮影を行う
- 動画コンテンツを段階的に導入する
- 撮影マニュアルを整備し、効率化・標準化する
- FC本部などの支援を活用し、個店の限界を超える
【期待できる効果】
- 問い合わせ件数の増加
- 来店後の成約率向上(事前の情報提供によるミスマッチ削減)
- 競合との差別化
- 顧客からの信頼獲得
不動産賃貸仲介業界は、デジタル化の波に直面している。顧客の情報収集行動は加速度的に変化し、従来の営業手法だけでは対応しきれなくなっている。
しかし、データが示す方向性は明確だ。顧客が求めているのは、物件の実態を正確に伝える、充実した視覚情報。それを効率的に提供できる仕組みを構築できれば、確実に競争優位を築ける。
写真戦略の見直しは、決して「些細な改善」ではない。顧客接点の最前線であるオンライン情報の質を高めることは、ビジネスモデルそのものの進化を意味する。
今こそ、データに基づいた戦略的な意思決定を。あなたの会社の写真戦略は、顧客のニーズに応えられているだろうか。
【参考データ】 本記事は、不動産情報サイト事業者連絡協議会(RSC)が2024年に実施した「不動産情報サイト利用者意識アンケート」(有効回答数1,642人)のデータを基に作成しています。