顧客が最も重視するのは「正確な情報」。親切・丁寧だけでは不十分な時代の新常識

「うちは接客には自信がある」「笑顔で丁寧に対応している」――そう自負する不動産仲介業者は少なくない。しかし、業界最新の調査データが示す現実は、経営者の認識とは大きく異なっていた。顧客が本当に求めているのは、親切な対応以上に「正確な物件情報」だったのだ。この事実を知らずに、従来型の接客スタイルに固執していては、顧客満足度の向上も、競合他社との差別化も実現できない。本記事では、不動産情報サイト事業者連絡協議会が実施した最新調査結果を徹底分析し、不動産賃貸仲介業者が今すぐ取り組むべき「情報の正確性」という新たな競争軸を明らかにする。
業界の常識を覆す調査結果――顧客が「特に重要」と考えるのは接客ではなかった
複数回答と単一回答で見えた”本音”の違い
2024年10月に発表された「不動産情報サイト利用者意識アンケート」は、不動産賃貸仲介業界に衝撃を与えた。このアンケートは過去1年以内に物件を契約した1,642人を対象に実施された大規模調査だ。
注目すべきは、「不動産会社に求めるもの」という質問における回答の構造である。複数回答可の質問では、賃貸・売買ともに「親切・丁寧な対応」がトップとなった。これだけを見れば、「やはり接客が大事」という従来の認識が正しいように思える。
しかし、「その中で特に重要なもの」という一つだけを選ぶ質問では、まったく異なる結果が現れた。全体の第1位は「正確な物件情報の提供」で39.8%を占めた。親切・丁寧な対応は、複数選択では選ばれるものの、最も重要な要素としては選ばれなかったのだ。
数字が語る”情報の正確性”への渇望
さらに興味深いのは、「最新の物件情報の提供」に対する評価の急上昇である。賃貸では前年比で5ポイント以上増加し、順位も前年6位から5位に上昇した。売買でも同様の傾向が見られ、前年比で5ポイント超の増加を記録している。
この数字が意味するのは明確だ。顧客は「最新かつ正確な情報」を強く求めている。大手不動産ポータルサイトの普及により、顧客自身が物件情報を詳細に比較検討できる時代になった今、不正確な情報や古い情報を提供する仲介業者は、顧客からの信頼を即座に失うリスクを抱えているのである。
なぜ「正確な情報」が最重視されるのか――消費者行動の構造変化
情報収集の高度化がもたらした”目利き力”の向上
調査結果からは、もう一つ重要なトレンドが読み取れる。物件を契約した人が検討時に問い合わせた不動産会社数は平均2.3社で、前年比0.2社減少。問い合わせた物件数は平均7.5物件で、前年比0.7物件減少し、直近10年で最少となった。
これは何を意味するのか。顧客は事前にインターネット上で徹底的に情報収集を行い、候補を絞り込んでから問い合わせをしている。つまり、問い合わせの段階では、すでに高度な比較検討を経ており、”目利き力”が極めて高い状態にあるということだ。
“その物件はもう空いていない”が最大の不満
不動産会社の対応に対する不満のトップは、賃貸で「問い合わせをしたら、『その物件はもう空いていない』と言われた」(22.2%)、売買では「契約の意思決定を急かされた」(15.8%)だった。
特に賃貸における不満は深刻だ。せっかく時間をかけて物件を絞り込み、問い合わせをしたにもかかわらず、「もう空いていない」と言われる経験は、顧客にとって極めてストレスフルである。これは単なる接客の問題ではなく、情報更新の遅れという構造的な課題を示している。
さらに「問い合わせをしたら返答が遅かった」という不満が、賃貸で17.4%(前年12位から2位に上昇)、売買で14.7%(前年5位から2位に上昇)と大幅に順位を上げた。情報提供のスピードと正確性の両立が、これまで以上に求められているのである。
親切・丁寧だけでは勝てない時代――差別化の新基準
接客力は”最低限のテーブルステークス”に
誤解してはならないのは、親切・丁寧な対応が不要になったわけではないという点だ。複数回答で上位に入っている事実は、接客の質が依然として重要であることを示している。
しかし、接客の良さは今や”差別化要因”ではなく、”最低限のテーブルステークス”(参加条件)になったと考えるべきだろう。どの不動産会社も接客には力を入れており、顧客からすれば「親切・丁寧は当たり前」という認識になっているのだ。
真の差別化は、その当たり前の上に「正確な情報を、最新の状態で、迅速に提供できるか」という点で生まれる。
満足度を左右する”情報の信頼性”
実際、不動産会社の対応で満足だったことのトップは「問い合わせに対するレスポンスが早かった」(全体で71.4%)だった。この数字は、顧客が情報提供のスピードを高く評価していることを示している。
さらに「問い合わせへの回答が的を射ていた」という項目も、全体で22.9%が満足点として挙げている。顧客の質問に対して、正確かつ的確な情報を提供できる体制が、顧客満足度を大きく左右するのである。
情報の正確性を担保する――今すぐできる3つの施策
施策1:物件情報の更新サイクルを見直す
最も基本的だが重要なのは、物件情報の更新頻度を上げることだ。理想は日次更新、最低でも週次での情報確認が必要である。
具体的には、以下のような運用ルールを設定したい。
- 朝礼時に前日の空室状況を全スタッフで共有
- 大手不動産ポータルサイトへの掲載情報を毎日チェック
- 成約済み物件は即座に掲載を停止する仕組みを構築
- 管理会社との連携を強化し、空室情報の即時共有体制を整備
この運用を徹底するだけで、「もう空いていない」という顧客の不満を大幅に削減できる。
施策2:物件情報の”裏取り”体制を整備する
情報の正確性を高めるには、複数のソースから情報を確認する”裏取り”の仕組みが有効だ。
- 大手不動産ポータルサイトの情報だけに頼らず、管理会社に直接確認
- 物件の写真と現況が一致しているか、定期的に現地確認
- 設備情報(エアコン、インターホン等)の最新状況を記録
- 周辺環境の変化(新規商業施設のオープン等)を把握
こうした地道な確認作業が、顧客からの信頼獲得につながる。
施策3:スタッフの情報リテラシー向上研修を実施
どれだけ仕組みを整えても、それを運用するのは人である。スタッフ全員が情報の重要性を理解し、正確な情報提供を意識する文化を作る必要がある。
具体的な研修内容としては、以下が有効だ。
- 不正確な情報がもたらす顧客損失の事例共有
- 物件情報の確認手順のマニュアル化と実地訓練
- 顧客からの質問に対する”分からないことは即座に調べて回答する”姿勢の徹底
- 情報更新漏れを防ぐチェックリストの活用
フランチャイズ本部の情報共有システムという選択肢
単独店舗では限界がある情報管理の課題
ここまで読んで、「そうは言っても、小規模な店舗では情報管理に割ける人手が限られている」と感じた経営者も多いだろう。実際、日々の接客や内見対応に追われる中で、情報更新の徹底は容易ではない。
そこで検討したいのが、フランチャイズ本部が提供する情報共有システムの活用である。
本部システムがもたらす3つのメリット
優れたフランチャイズ本部は、加盟店向けに以下のような情報管理支援を提供している。
1. 一元化された物件情報データベース 本部が管理する物件情報データベースにアクセスすることで、常に最新の情報を取得できる。個別店舗で情報管理する負担が大幅に軽減される。
2. 定期的な情報精度チェック 本部が定期的に情報の精度をチェックし、誤った情報や古い情報を指摘してくれる仕組みがあれば、情報の正確性が自然と保たれる。
3. ベストプラクティスの共有 加盟店間で情報管理のノウハウを共有できることも大きなメリットだ。他店舗の成功事例を学び、自店舗に取り入れることで、効率的に情報管理レベルを向上できる。
研修・教育体制による人材育成
情報の正確性を担保するには、スタッフ一人ひとりの意識とスキルが重要だ。フランチャイズ本部の多くは、加盟店スタッフ向けの研修プログラムを提供している。
- 新人スタッフ向けの基礎研修(物件情報の確認方法、顧客対応の基本等)
- 定期的なスキルアップ研修(最新の不動産市場動向、法規制の変更点等)
- エリアマネージャーによる現場指導
こうした体系的な教育により、個々のスタッフの情報リテラシーが向上し、店舗全体の対応品質が底上げされる。
データが示す”情報重視型営業”の優位性
問い合わせからの成約率向上
調査データをさらに深く分析すると、興味深い傾向が見えてくる。問い合わせ数が減少している一方で、訪問した不動産会社数も減少している(平均2.7社、前年比0.3社減)。
これは何を意味するのか。顧客は問い合わせの段階で「この会社は信頼できるか」を厳しく判断しており、信頼できると判断した会社にのみ訪問しているということだ。
つまり、問い合わせへの対応品質(情報の正確性と迅速性)を高めることで、訪問率を上げ、結果として成約率を向上できる可能性が高い。
“最初の60分間”が勝負を分ける
本記事のカテゴリーは「最初の60分間」だ。これは顧客が問い合わせをしてから最初の1時間の対応が、その後の成約可能性を大きく左右することを示している。
調査結果で「レスポンスが早かった」が満足点のトップだったことを思い出してほしい。問い合わせを受けてから1時間以内に、正確な情報を添えて返答することができれば、顧客の信頼を勝ち取れる可能性は飛躍的に高まる。
逆に、返答が遅かったり、不正確な情報を伝えてしまったりすれば、顧客は即座に他社に流れてしまう。最初の60分間の対応品質が、成約の成否を分けるのである。
情報の正確性がもたらす”循環型成長”
顧客満足度向上→口コミ増加→問い合わせ増加
正確な情報提供を徹底することで、以下のような好循環が生まれる。
- 正確な情報提供により顧客満足度が向上
- 満足した顧客が知人に紹介したり、ネット上で好意的な口コミを投稿
- 口コミを見た新規顧客からの問い合わせが増加
- 問い合わせ増加により成約数が増え、収益向上
- 増えた収益を情報管理システムや人材育成に再投資
このサイクルを回すことで、持続的な成長が可能になる。
ブランド力の構築につながる
「あの会社は情報が正確で信頼できる」という評判が確立されれば、それは強力なブランド資産となる。特に地域密着型の不動産仲介業においては、地元での信頼は何よりも重要だ。
情報の正確性を追求することは、単なる顧客対応の改善にとどまらず、長期的なブランド構築戦略でもあるのだ。
今すぐ始めるべき”情報の正確性”チェックリスト
最後に、明日から実践できる具体的なアクションをまとめておこう。
即座に実施できる5つのアクション
1. 物件情報の棚卸し 現在掲載中の全物件について、情報が最新かつ正確かを確認する。古い情報や不正確な情報は即座に修正または削除する。
2. 朝礼での情報共有ルール化 毎朝の朝礼で、前日の成約物件、新規物件、空室状況の変化を全スタッフで共有する仕組みを作る。
3. 問い合わせ対応のレスポンスタイム測定 問い合わせを受けてから返答するまでの時間を記録し、1時間以内の返答率を把握する。現状を数値化することで改善点が見えてくる。
4. 管理会社との定期連絡体制構築 週に1回、主要な管理会社と空室状況を確認する定例ミーティングを設定する。
5. スタッフ間での情報確認の習慣化 「分からないことはすぐに確認する」「あいまいな情報は絶対に伝えない」という基本ルールを徹底する。
3カ月以内に取り組むべき中期施策
- 物件情報管理システムの導入または見直し
- スタッフ向け情報管理研修の実施
- 顧客からのフィードバック収集の仕組み構築
- 他社との差別化ポイントとして「情報の正確性」を打ち出した広告戦略の検討
まとめ――”情報の正確性”が新たな競争優位の源泉に
不動産賃貸仲介業界は、大きな転換点を迎えている。顧客の情報収集能力が飛躍的に向上し、インターネット上で詳細な比較検討ができる時代になった今、従来型の「親切・丁寧な接客」だけでは差別化できない。
最新の調査データが明確に示したのは、顧客が本当に求めているのは「正確な物件情報を、最新の状態で、迅速に提供してくれる不動産会社」だということだ。
この事実を正面から受け止め、情報の正確性を追求する経営に舵を切った企業だけが、これからの市場で生き残り、成長できる。
親切・丁寧な対応は当然の前提として、その上に「情報の正確性」という新たな競争軸を確立すること。それが、2025年以降の不動産賃貸仲介業者に求められる経営戦略なのである。
最初の60分間の対応が、成約の成否を分ける。そして、その60分間で顧客に提供すべきは、笑顔と丁寧な言葉遣いだけではなく、正確で信頼できる情報なのだ。
今日から、あなたの会社の情報管理体制を見直してみてはいかがだろうか。その一歩が、明日の成約、来月の売上、来年の成長につながっていく。


