問合せ物件を超える提案が契約率を変える。顧客の期待値を超える仲介営業の真髄

「この物件、もう埋まってしまいました」――そう告げられた顧客は、がっかりして他社に流れていく。多くの不動産仲介業者が日常的に経験する光景だ。しかし、トップ営業パーソンはここで違う一手を打つ。「実は、お客様のご希望により合う物件があります」。この一言が、顧客満足度を劇的に高め、成約率を押し上げる。不動産情報サイト事業者連絡協議会の最新調査では、問合せした物件より良い物件を紹介されて満足した顧客はわずか10.8%。裏を返せば、この提案力を磨くことが、今の市場で圧倒的な差別化要因になる。本記事では、顧客の期待を超える代替案提案のノウハウを、データと実践に基づいて徹底解説する。


変わる顧客行動――「事前に絞る時代」の到来

問合せ物件数は直近10年で最少に

2024年の不動産情報サイト利用者意識アンケートが示す数字は明確だ。物件を契約した顧客が検討時に問合せた物件数は平均10.5物件。前年比1.7物件減少し、直近10年で最少を記録した。問合せた不動産会社数も平均2.3社と、こちらも10年で最少だ。

これは何を意味するのか。顧客は大手不動産ポータルサイト上で膨大な物件情報を事前に比較検討し、候補を徹底的に絞り込んでから問合せている。つまり、問合せの段階で顧客の期待値はすでに高い状態にあるのだ。

「その物件はもう無い」がもたらす機会損失

同調査によれば、不動産会社の対応で不満だったこととして、賃貸では22.2%の顧客が「その物件はもう無いと言われた」を挙げている。これは不満項目のトップである。

在庫管理の問題もあるが、ここに潜むより大きな問題は「代替案を提示できていない」ことだ。せっかく問合せてきた顧客を、そのまま帰してしまっては商機を逃すだけでなく、顧客からの信頼も失う。


わずか10.8%――「より良い物件提案」の現実

満足度調査が示す圧倒的な差別化機会

調査結果で注目すべきは、不動産会社の対応で満足したこととして「問合せした物件よりいい物件を紹介してくれた」を挙げた顧客が、賃貸でわずか10.8%、売買ではさらに低い6.3%だったという事実だ。

これは決して高い数字ではない。しかし、裏を返せば、この提案ができる仲介業者は極めて少なく、実践できれば圧倒的な差別化になるということだ。顧客が本当に求めているのは、単なる物件紹介ではない。自分では気づかなかった、より良い選択肢を提示してくれる専門家としての価値なのである。

トップ項目は「レスポンスの速さ」だが

同調査では、満足したことのトップ項目として「問合せに対するレスポンスが早かった」(賃貸69.5%、売買74.7%)が挙げられている。確かに速さは重要だ。だが、速いだけでは顧客の記憶に残らない。速さと質を兼ね備えた対応、特に「期待を超える提案」があってこそ、真の顧客満足が生まれる。


代替案提案が成約率を高める3つの理由

1. 顧客の潜在ニーズを掘り起こす

顧客が問合せてくる物件は、あくまで「見える範囲での最善」にすぎない。大手不動産ポータルサイトの検索結果は膨大だが、検索条件の設定次第で良い物件を見逃している可能性がある。

例えば、「駅徒歩10分以内」で検索していた顧客に、「駅からバス5分だが、バス便が充実しており、実は通勤時間はほぼ変わらない。そのぶん家賃が1万円安く、部屋も広い」という物件を提案する。この場合、顧客は自分の検索条件の盲点に気づき、より良い選択肢を知ることができる。

2. プロとしての信頼を獲得する

「この担当者は私のことを本気で考えてくれている」――代替案提案は、こうした信頼感を生む。単に在庫を消化するのではなく、顧客の利益を最優先する姿勢が伝わるからだ。

特に、問合せ物件が成約済みだった場合、代替案の質が顧客の印象を決定づける。「残念でした」で終わるのか、「実はもっと良い物件があります」と提案できるのか。この差は大きい。

3. 紹介・リピートにつながる

期待を超える提案を受けた顧客は、高い確率でリピーターになり、知人に紹介してくれる。口コミは最も強力な集客手段だ。特に不動産は人生の大きな決断であり、信頼できる業者の情報は自然と共有される。


提案力を磨く5つの実践ステップ

ステップ1:顧客理解を深めるヒアリング技術

代替案提案の出発点は、徹底したヒアリングだ。顧客が問合せてきた物件の条件だけでなく、その背景にある「なぜ」を掘り下げる。

  • 「なぜその駅を選ばれたのですか?」
  • 「お仕事の通勤時間はどのくらいを想定されていますか?」
  • 「休日はどのように過ごされることが多いですか?」

こうした質問から、顧客自身も言語化できていなかった優先順位が見えてくる。「駅近」にこだわっていた顧客が、実は「通勤時間30分以内」が本質的な希望だったと気づくケースは多い。

ステップ2:エリアと物件の深い知識を蓄積する

代替案を提示するには、担当エリアの物件を熟知している必要がある。物件情報システムに頼るだけでなく、実際に足を運び、周辺環境を把握する。

  • 最寄り駅からの実際の所要時間と道の状態
  • 近隣のスーパー、コンビニ、病院などの生活利便施設
  • 朝夕の交通量や騒音レベル
  • 治安や街の雰囲気

こうした「生きた情報」が、説得力のある提案を支える。「この物件は駅から15分ですが、途中に24時間営業のスーパーがあり、帰宅時の買い物に便利です」といった具体的な価値提示ができるようになる。

ステップ3:複数の選択肢を用意する「3択提案」

代替案は1つではなく、必ず複数用意する。理想は3つだ。

  1. 問合せ物件に最も近い代替案:条件がほぼ同じで、問合せ物件が不可だった場合の安全策
  2. 顧客の優先順位を再考した提案:ヒアリングで見えた潜在ニーズに応える物件
  3. 予算やエリアの幅を広げた提案:顧客の視野を広げる、意外性のある選択肢

この3択により、顧客は比較検討でき、自分で選んだという満足感も得られる。

ステップ4:「なぜこの物件なのか」を論理的に説明する

代替案を提示する際は、必ず「なぜあなたにこの物件を提案するのか」という理由を明確に伝える。

「お話を伺って、〇〇様は通勤時間よりも休日の生活環境を重視されていると感じました。こちらの物件は駅から少し離れていますが、大きな公園が近く、カフェやレストランも充実したエリアです。家賃も予算内に収まります」

このような説明があると、顧客は「自分のために考えてくれている」と実感し、提案を真剣に検討してくれる。

ステップ5:提案のタイミングを見極める

提案は早すぎても遅すぎてもいけない。最適なタイミングは、顧客の反応を見ながら調整する。

問合せ物件が成約済みの場合は、すぐに代替案を提示する。一方、内見可能な場合は、内見後に顧客の反応を確認してから提案する。「いかがでしたか?」と尋ね、少しでも迷いが見えたら、「実は、もう一つご覧いただきたい物件があります」と切り出す。


提案力を支える仕組みとノウハウ

豊富な物件情報へのアクセス

代替案提案の前提となるのは、豊富な物件情報だ。自社管理物件だけでなく、他社物件も含めて幅広い選択肢にアクセスできる環境が不可欠である。

全国展開するフランチャイズチェーンに加盟することで、物件情報の共有システムや、本部からの物件情報提供を受けられる利点がある。単独店舗では難しい、広域でのネットワークを活用できることは大きな強みだ。

提案ノウハウの体系化と共有

優れた提案は属人的なスキルに見えるが、実は体系化・標準化が可能だ。成功事例を社内で共有し、「こういう顧客にはこういう提案が響く」というパターンを蓄積していく。

フランチャイズ本部が提供する研修プログラムや営業マニュアルには、こうしたノウハウが凝縮されている。全国の加盟店から集まる成功事例やトラブル事例を学べることは、単独店舗にはない価値だ。

顧客管理システムの活用

顧客の希望条件や提案履歴を記録し、次回の提案に活かすシステムも重要だ。一度接点を持った顧客には、新着物件情報を定期的に提供することで、「自分のことを覚えていてくれる」という印象を与えられる。


業界トレンドと提案力の未来

オンライン化が進む中での対面価値

同調査では、非対面型の接客について「使ってみたい」という回答が増加傾向にある。IT重説やオンライン接客の普及は避けられない流れだ。

しかし、だからこそ人間の営業パーソンが提供する「提案力」の価値が高まる。AIやシステムが提示する物件は、あくまで条件マッチングの結果だ。そこに人間の洞察力や経験に基づく「より良い選択肢」を加えることが、プロの仲介業者の存在意義となる。

省エネ性能など新しい価値軸への対応

住まいを選ぶ上で省エネ性能を重要視する顧客が7割を超えている(同調査)。光熱費の高騰や気候変動への関心の高まりが背景にある。

こうした新しい価値軸を理解し、提案に組み込むことも求められる。「この物件は築年数が古いですが、最近リノベーションされ断熱性能が高く、光熱費が抑えられます」といった説明ができると、顧客の選択肢は広がる。


ケーススタディ:提案力で契約率を向上させた実例

ケース1:問合せ物件が成約済みだったケース

都内で賃貸仲介を行うA店の事例だ。顧客から人気エリアの1LDK物件に問合せがあったが、すでに申込みが入っていた。

担当者はすぐに電話し、「申し訳ございません。ご希望の物件は先ほど申込みが入ってしまいました。ただ、お電話で詳しくお話を伺えませんか? きっとより良い物件をご提案できると思います」と伝えた。

ヒアリングの結果、顧客は転職に伴う引越しで、新しい職場への通勤時間を重視していることが分かった。問合せ物件は職場最寄り駅から2駅先だったが、実は職場から徒歩圏内に手頃な物件があることを担当者は知っていた。

「通勤が徒歩15分になれば、満員電車のストレスもなく、朝の時間を有効に使えます。家賃も5千円安くなります」と提案したところ、顧客は即座に内見を希望し、成約に至った。

ケース2:顧客の視野を広げたケース

地方都市で営業するB店の事例だ。新婚夫婦から、新築マンションの問合せがあった。予算はやや高めだったが、「新築」にこだわっていた。

内見後、担当者は「とても素敵な物件ですね。実は、もう一つご覧いただきたい物件があります」と切り出した。それは築5年のマンションで、同じエリアで間取りも同じだが、家賃が2万円安かった。

「築5年ですが、前の入居者が短期間しか住んでおらず、室内は新築同様です。設備も最新で、何より2万円の差額を貯蓄に回せば、将来のマイホーム購入資金になります」と説明した。

夫婦は「新築」という固定観念を外し、築浅物件も視野に入れることで、より合理的な選択ができると気づいた。最終的に築5年の物件を契約し、「目から鱗でした」と感謝された。


まとめ:提案力が仲介業の未来を決める

不動産賃貸仲介の世界は、情報がコモディティ化し、差別化が難しくなっている。大手不動産ポータルサイトで誰でも膨大な物件情報にアクセスでき、顧客は事前に徹底的に比較検討している。

こうした環境下で、仲介業者が提供すべき価値は「情報」ではなく「洞察」だ。顧客が見つけられなかった選択肢を提示し、気づかなかった価値を伝える。それが「問合せ物件より良い物件」を提案する力である。

調査データが示すように、この提案ができている仲介業者はまだ1割程度だ。つまり、今この提案力を磨くことが、市場での圧倒的な競争優位につながる。

顧客理解、物件知識、提案ノウハウ、そしてそれらを支える仕組み。これらを総合的に高めていくことが、これからの仲介業者に求められる。単なる物件紹介から、顧客の期待を超える価値提供へ。この転換こそが、持続的な成長への道である。

フランチャイズ本部が提供する物件情報ネットワーク、研修プログラム、営業ノウハウは、こうした提案力の向上を強力にサポートする。一人で悩むのではなく、実績ある仕組みを活用することで、より早く、より確実にスキルを高めることができる。

「最高の提案は、問合せ物件より良い物件」――この原則を実践し、顧客に感動を与え続けることが、これからの不動産仲介業の成功の鍵となる。