未来の住まい探しは「ハイブリッド」が正解。IT重説が顧客を呼ぶとき、阻む”見えない壁”

便利なはずなのに、なぜ使ってもらえないのか。不動産業界にはそんな”引き戸”が存在します。その筆頭が「IT重説(重要事項説明)」。デジタル化の波に乗って登場したこの仕組みは、確かに理想的です。でも現実は複雑。統計データが示す実態と、その背後にある顧客心理を紐解いてみましょう。
非対面型接客の本命・IT重説に期待が集まる理由
2024年の最新アンケート調査では、賃貸物件の検討者に対して「今後の住まい探しで使いたい非対面型接客」を聞いた結果、IT重説が圧倒的なトップを占めました。
仕事帰りの時間を無駄にしない。遠方からでも気軽に相談できる。そして何より、スケジュールの自由度が高い——これらはすべて、現代の顧客が求める価値観そのものです。
利用希望者の数字も増加傾向を続けており、業界全体では「重説のデジタル化」が避けられない流れとなっています。大手不動産ポータルサイトでもこの動きに対応し、ユーザーの利便性向上に向けた機能拡張を進めています。
期待と現実のギャップ。利用率が伸び悩む現象の正体
ところが、ここに大きな矛盾が生じています。
「使ってみたい」と答える顧客は増えているのに、実際の利用に踏み切る人はそこまで多くない——というジレンマです。業界がIT重説に対応する環境を整えても、顧客の心理的なハードルが完全には消えていないのが現状。
この現象は、単に「テクノロジーへの抵抗感」では片付けられません。もっと深い、顧客心理の機微が関係しているのです。
顧客が感じる「見えない不安」。質問できない、理解できない恐怖
IT重説を敬遠する理由を顧客の声から紐解くと、浮かび上がるのは2つの心理的障壁です。
第一の壁:「画面越しでは質問しにくい」という不安
対面であれば、疑問を感じた瞬間に手を挙げて質問できます。でも画面越し、特にビデオ通話の場合、相手の反応や雰囲気を読みながら会話をしなくてはなりません。
「こんなことを聞いてもいいのか」
「話のテンポを途切らせたくない」
「実は理解できていないことを指摘するのが恥ずかしい」
こうした心理が働くと、顧客は自分の疑問を抱えたまま先に進んでしまいます。特に重要事項説明という法的に重い内容だからこそ、その傾向は強まります。
第二の壁:「理解できているかが不安」という恐怖
紙の資料と異なり、デジタル画面の情報は次々と消えていきます。「今の説明、本当に理解できたのか」「後で確認しようと思っても、どこに何が書いてあったか覚えていない」——こうした不安が、契約判断を曇らせるのです。
特に賃貸物件は人生の重大な選択肢。画面越しの情報流は、その選択の重みを軽くしてしまうように感じるかもしれません。
心理的障壁を超える方法。ハイブリッドアプローチの実践
では、顧客の心理的ハードルを下げるにはどうすればいいのか。答えは「完全なデジタル化」ではなく、対面の良さを残した「ハイブリッドモデル」にあります。
方法1:事前準備で「質問しやすい環境」を作る
IT重説を実施する前に、顧客に対して「わからないことがあれば、遠慮なく質問してください」というメッセージを何度も伝えることが重要です。
さらに効果的なのが、「事前に質問リストを用意してもらう」という工夫。顧客に対して、重説の1日前までに「疑問点がありますか?」とヒアリングシートを送れば、説明時間を効率化できるだけでなく、顧客も「この場で質問するんだ」というマインドセットで臨むことになります。
加えて、ビデオ通話だけでなく、チャット機能も併用する。重説中に顧客が「今のって、どういう意味?」と思った時に、チャットで即座に補足を送ることで、会話の流れを止めずに疑問を解消できます。
方法2:理解度確認を「双方向」にする
説明者が一方的に話すのではなく、重説の途中や終了後に「ここまでで、ご質問ありますか?」と何度も確認を取る習慣をつけましょう。
さらに進んだ企業は、重説を録画可能にし、「後で見返したい場合は、この動画をご覧ください」というオプションを提供しています。こうすることで、顧客の「理解できているか不安」という心理が、大幅に軽減されます。
方法3:対面要素を戦略的に残す
完全にリモート化するのではなく、「初回相談は対面」「重要なポイントは対面で補足」というように、対面と非対面を使い分けることです。
たとえば、重説の要となる条項については、事前に顧客と対面で簡易説明しておけば、IT重説当日は顧客も心理的な余裕を持って臨めます。また、実際に物件を見ずにIT重説を進めるのではなく、オンライン内見と組み合わせることで、より具体的で立体的な理解につながります。
業務システムと運営ノウハウが、ハイブリッドモデルを支える
こうしたハイブリッドアプローチを実現するには、システム面のサポートが不可欠です。
質問対応を効率的に行うために、顧客管理システムが必要。過去の質問履歴や疑問点をデータベース化しておけば、次の顧客対応もスムーズになります。
また、重説のビデオ録画機能、チャット機能、スケジュール管理ツール、そして重説資料のデジタル化——これらすべてが統合されたシステムなしでは、ハイブリッドモデルの運営は現実的ではありません。
さらに加わるのが、運営ノウハウです。IT重説の導入に成功している企業は、単にツールを導入しているだけではなく、「顧客心理に基づいた対応フロー」を構築しています。
定期的なベンチマークセミナーなどを通じて、業界全体の先進事例や実践的なノウハウを学ぶことで、自社の対応レベルを高めることができます。
賃貸仲介業者に求められる「今」の経営判断
今、多くの賃貸仲介企業が直面しているのは、こうした課題への答えを自社で一から構築することの難しさです。
新しいシステムへの投資、スタッフ教育、運営プロセスの改革——すべてを同時進行で進めるのは、特に中小規模の企業にとっては大きな負担です。
そこで注目されるのが、すでに成熟したハイブリッド運営モデルを持つパートナーとの連携です。不動産業界に25年以上の実績を持つ企業が整備した基幹システムや、複数の直営店で実証済みのノウハウを活用することで、新たなフェーズへの移行を加速させられます。
大手不動産テック企業の基幹システムを導入し、顧客管理・コンバータ・契約管理の統合運用ができるパートナーシップ。そして何より、物件仕入れから顧客集客まで、ビジネス全体を強化するバックアップ体制——こうした環境が整備されていれば、ハイブリッドモデルの実装はぐっと現実的になります。
最後に:競争優位性は「システム」と「心理理解」の両立にある
IT重説の利用率が伸び悩む現象は、テクノロジーだけでは解決できない課題を示唆しています。
顧客が本当に求めているのは、「便利さ」と「安心感」の両立です。デジタルの効率性と、対面のぬくもり。画面越しの専門知識と、リアルな信頼感——これらを同時に提供できる企業こそが、今後の競争で優位に立つことになるでしょう。
ハイブリッドモデルへの転換は、単なる技術導入ではなく、顧客心理に基づいた経営哲学の転換でもあるのです。


