「プロセスはデジタル、体験はリアル」顧客が望むハイブリッド接客の理想形とは

なぜ顧客はIT重説を歓迎し、オンライン内見を避けるのか
不動産賃貸仲介の現場で、興味深い現象が起きている。デジタル化を推進する事業者が増える一方で、顧客の反応は一様ではない。同じ「非対面型サービス」でありながら、IT重説には前向きな一方、オンライン内見には慎重な姿勢を示す──。この二極化した反応の背景には、顧客が求める「利便性」と「体験価値」のバランスに関する重要な示唆が隠されている。
不動産情報サイト事業者連絡協議会(RSC)が2024年に実施した「不動産情報サイト利用者意識アンケート」によれば、非対面型接客で今後使ってみたいサービスは、賃貸では「IT重説」がトップとなった。さらに注目すべきは、全項目において「使ってみたい」との回答が3年連続で増加傾向にあることだ。デジタル接客への心理的ハードルは確実に下がっている。
しかし同時に、「使いたくない」という回答で最も多かったのが「オンライン内見」だった。売買においては「オンライン契約」が3年連続でトップとなり、「絶対に使いたくない」との強い拒否反応も前年比で増加している。顧客は一体、何を基準にデジタルサービスの取捨選択をしているのだろうか。
データが示す明確な線引き:効率化と体験の分水嶺
アンケート結果を詳細に分析すると、顧客の判断基準が浮かび上がる。IT重説やオンライン接客といった「事務的プロセス」のデジタル化は歓迎される一方、物件の「実体験」に関わる部分のデジタル化には強い抵抗感がある。
この傾向は、不動産会社選びのポイントにも表れている。同調査では「写真の点数が多い」がトップとなり、「部屋の雰囲気が分かる動画が付いている」も賃貸で前年6位から4位に上昇。売買では3年連続で増加し、前々年比で8ポイント増となった。情報収集段階でのビジュアルコンテンツは重視される一方、最終的な意思決定の場面では「実際に見て確かめたい」という心理が働くのだ。
さらに興味深いのは、問合せた不動産会社数が平均2.3社(前年比0.1社減)、問合せた物件数が平均9.0物件(前年比1.1物件減)と、いずれも直近10年で最少となったことだ。顧客は事前にオンラインで情報を精査し、候補を絞り込んでから問合せる傾向を強めている。つまり、デジタルツールを「効率化」のために積極的に活用する一方、「決断」の瞬間には慎重にリアルな接点を求めているのである。
IT重説が支持される理由:時間と場所の制約からの解放
IT重説への支持が高い理由は明確だ。重要事項説明は法的に必要な手続きだが、内容の理解と確認が主眼であり、「体験」を伴うものではない。むしろ、店舗への移動時間や日程調整の手間から解放されることが、顧客にとって大きなメリットとなる。
実際、不動産会社への不満として「問合せをしたら返答が遅かった」が賃貸で2位(17.4%)、売買でも2位(14.7%)にランクインしている。同時に、満足した点では「問合せに対するレスポンスが早かった」が賃貸で69.5%、売買で74.7%とトップを占めた。顧客はスピード感を重視しており、IT重説はこのニーズに合致するのだ。
また、契約までの期間を見ると、賃貸・売買ともに「2週間未満」の割合が直近10年で最も高くなっている。特に売買でも19.8%と高い水準だ。意思決定の迅速化が進む中、IT重説のような「場所と時間に縛られないプロセス」は、現代の顧客行動に適応したサービスと言える。
オンライン内見が敬遠される本質:住空間は「感じる」もの
一方、オンライン内見への抵抗感は、不動産という商品の特性に起因する。住まいは単なる「箱」ではなく、日々の生活の舞台となる空間だ。日当たり、風通し、騒音、周辺環境──これらは映像や写真だけでは伝わりにくい要素である。
物件情報を探す際に必要だと思う情報のランキングでは、「リビング/ダイニングの写真」が全体でトップとなった。売買では「物件の室内の動画」が前年7位から6位に上昇し、3年連続で7ポイント増加。「住宅内の様子が分かる動画」も10位にランクインするなど、動画コンテンツへのニーズが高まっている。
だが注目すべきは、これらの情報が求められるのは「候補物件を絞り込む段階」であるという点だ。最終的な意思決定の前には、実際に現地を訪れ、五感で空間を確かめたいという心理が働く。「内見をさせてくれた」が満足した点で賃貸2位(53.9%)、売買2位(48.4%)に入っていることも、この傾向を裏付けている。
さらに、不動産会社に求めるもので「丁寧・誠実な対応」がトップとなり、満足した点でも「言葉遣いや対応が丁寧だった」が賃貸3位(47.9%)、売買3位(42.1%)に入った。人間的な信頼関係の構築が、高額な契約を伴う不動産取引では不可欠なのだ。オンライン内見では、この「関係性の醸成」が難しい。
ハイブリッドモデルの最適解:顧客視点のサービス設計
では、不動産賃貸仲介業者はどのようなハイブリッド接客モデルを構築すべきなのか。答えは「プロセスはデジタル、体験はリアル」という原則にある。
デジタル化すべき領域:
- 初期問合せ対応(LINEやチャットボットの活用)
- 物件情報の提供(高品質な写真・動画、360度パノラマ)
- 空室確認や日程調整(自動化システム)
- IT重説(オンライン重要事項説明)
- 契約書類の電子化(電子契約システム)
これらは顧客にとって「時間の節約」「利便性の向上」につながる部分であり、デジタル化による効率化が歓迎される。
リアルを残すべき領域:
- 物件の内見(五感で確かめる体験)
- 周辺環境の案内(生活イメージの具体化)
- 条件交渉や相談(信頼関係の構築)
- 契約前の最終確認(安心感の提供)
これらは顧客が「体験価値」を求める部分であり、対面でのコミュニケーションが重要となる。
訪問した不動産会社数の平均が1.8社(前年比0.2社減)、賃貸では1社の割合が47.9%と直近10年で最高となったことは、顧客が「最初の接点」を重視していることを示している。一度訪れた店舗で決める傾向が強まる中、最初の内見体験での印象が成約を左右する。ここでの対応こそ、人間的な接客の見せ所だ。
実践的な接客設計のポイント:3段階アプローチ
不動産賃貸仲介業者が実践すべきハイブリッド接客モデルは、顧客の検討段階に応じた3段階のアプローチが効果的だ。
第1段階:情報収集期(完全デジタル対応)
- 大手不動産ポータルサイトでの物件情報充実(写真・動画の質と量)
- 物件のウィークポイントも含めた透明性の高い情報開示
- チャットやLINEでの迅速な初期対応
- AIを活用した物件レコメンド
アンケートでは「写真の点数が多い」(72.1%)、「物件のウィークポイントも書かれている」(38.2%)が不動産会社選びのポイント上位に入っている。この段階で信頼を獲得することが、次のステップへの入口となる。
第2段階:候補絞り込み期(ハイブリッド対応)
- オンラインでの事前相談(ビデオ通話で担当者の人柄を伝える)
- 詳細な物件資料の事前共有
- 内見予約のオンライン化(24時間対応)
- 内見は対面で実施(周辺環境も含めた丁寧な案内)
不動産会社への満足点で「こちらの都合を配慮してくれた」が賃貸で41.3%、売買で27.4%となっており、顧客目線の柔軟な対応が評価される。内見予約はデジタルで効率化しつつ、実際の内見はリアルで価値を提供する。
第3段階:契約決定期(選択肢を提供)
- IT重説とリアル重説の選択制
- 電子契約と紙契約の両対応
- 入居後のアフターフォロー(LINEでの相談窓口)
重要なのは「押し付けない」ことだ。デジタルツールを選択肢として提供し、顧客に選ばせる。不動産会社への不満で「契約の意思決定を急かされた」が賃貸4位(13.8%)、売買1位(15.8%)に入っていることからも、顧客ペースを尊重する姿勢が求められる。
システム基盤の整備が成功の鍵
ハイブリッドモデルを実現するには、業務システムの整備が不可欠だ。顧客管理、物件管理、契約管理が統合されたプラットフォームがなければ、デジタルとリアルの連携はスムーズにいかない。
特に中小規模の不動産会社にとって、システム投資は大きな負担となる。フランチャイズモデルの活用は、一つの有効な選択肢だ。本部が提供する基幹システムやコンバータ、業務支援ツールを活用することで、初期投資を抑えながら最新のデジタル環境を整備できる。
また、大手不動産ポータルサイトとの連携も重要だ。アンケートでは「他にもたくさんの物件を掲載している」(34.8%)が会社選びのポイントに入っており、物件情報の露出を高めることが集客につながる。フランチャイズ本部が提供する反響送客支援や業務提携は、個店では実現困難な規模のメリットをもたらす。
人材育成とノウハウ共有の重要性
デジタルツールを導入しても、それを使いこなす人材がいなければ意味がない。特に、オンラインとオフラインを行き来する接客には、新しいスキルが求められる。
- オンライン商談でのコミュニケーション技術
- 動画・写真撮影の基礎知識
- IT重説の実施手順と法的知識
- 顧客データの分析と活用
これらのスキルを個店で一から教育するのは容易ではない。ベンチマークセミナーや定期的な情報共有の場を持つことで、成功事例を横展開し、試行錯誤のコストを削減できる。
今後の展望:省エネ性能という新たな要素
アンケートでは新たに「住まいを選ぶ上で省エネ性能は重要か」という項目が加わった。結果は、重要と回答した割合が全体で77.3%に達し、特に売買検討者では83.5%と高い水準となった。
省エネ性能の説明は専門的な内容を含むため、IT重説の際に詳細な資料を共有しながら説明するアプローチが有効だろう。一方、実際の断熱性能や日当たりによる室温変化などは、内見時に体感してもらうことで訴求力が高まる。ここでも「プロセスはデジタル、体験はリアル」の原則が当てはまる。
まとめ:顧客行動の変化を捉えた戦略的サービス設計を
問合せ前に候補を絞り込み、訪問する不動産会社数を最小化する──顧客の行動は確実に変化している。デジタルツールを使いこなし、効率的に情報を収集する一方で、最終的な意思決定の場面では「実際に確かめたい」「人と話したい」という根源的な欲求も健在だ。
この二律背反とも見える顧客心理を理解し、デジタルとリアルを適材適所で組み合わせることが、これからの不動産賃貸仲介業には求められる。IT重説は積極的に推進し、顧客の利便性を高める。一方、物件の内見や対面での相談は丁寧に行い、信頼関係と体験価値を提供する。
このハイブリッドモデルを実現するには、システム基盤の整備、人材育成、ノウハウ共有が不可欠だ。個店での実現が難しい場合は、フランチャイズ本部のサポートやネットワークを活用することも検討に値する。
顧客が望むのは、「自分のペースで効率的に情報を集め、最終的には信頼できる人と対面で安心して契約したい」というシンプルな体験だ。プロセスはデジタルで効率化し、体験はリアルで価値を提供する──このバランスを実現できる事業者こそが、変化する市場で選ばれ続けるだろう。


