競合3.5社との比較時代を勝ち抜く――賃貸仲介業者が今、実践すべき差別化戦略

顧客の問い合わせ社数が過去11年で最多に。変化する市場で選ばれ続けるために
不動産賃貸仲介市場に、かつてない競争の波が押し寄せている。不動産情報サイト事業者連絡協議会(RSC)が2025年に実施した最新調査によれば、賃貸物件を契約するまでに顧客が問い合わせる不動産会社数は平均3.3社と、2015年以降で最も多い水準を記録した。全体(賃貸・売買含む)では平均3.5社に達し、前年比0.7社増という大幅な上昇を見せている。
この数字が意味するのは明らかだ。顧客は以前にも増して慎重に、そして広範囲に情報を収集し、複数の選択肢を比較検討している。特に注目すべきは、5社以上に問い合わせる顧客が賃貸で21.0%に達しているという事実である。つまり、5人に1人以上の顧客が、あなたの会社を含む5社以上と接触しているのだ。
この激化する競争環境において、どうすれば顧客に「選ばれる」不動産会社になれるのか。本記事では、最新データを徹底分析し、実践的な差別化戦略を提示する。
【データで読み解く】顧客行動の劇的な変化
検討期間の長期化が示す慎重姿勢
調査データが明らかにしたのは、問い合わせ社数の増加だけではない。賃貸では1カ月以上の検討期間を要する顧客が64.3%に達し、前年から8.0ポイントも増加している。売買ではさらに顕著で、3カ月以上かけて検討する層が64.0%と、前年比14.4ポイントの大幅増を記録した。
この長期化傾向は、顧客が意思決定により多くの時間をかけ、より多くの情報を求めていることを示している。裏を返せば、初回接触から成約までの期間が延びることで、競合との比較検討の機会も増大しているということだ。
問い合わせ物件数も過去最高水準
問い合わせ社数の増加に呼応するように、賃貸における問い合わせ物件数も平均5.7物件と、2017年以降で最多を記録している。「6物件以上」問い合わせる顧客は56.2%に達し、半数以上が多数の物件を比較していることが浮き彫りになった。
これらのデータから導き出される結論は一つ。顧客は「とりあえず1社に問い合わせて決める」時代から、「複数社・複数物件を徹底比較して最適解を見つける」時代へと完全にシフトしているのである。
【戦略1】初回接触で心を掴む――スピードと質の両立
レスポンスの速さが勝敗を分ける
調査で「不動産会社の対応について満足だったこと」のトップに挙げられたのは、**「問い合わせに対するレスポンスが早かった」(71.5%)**である。これは2位の「こちらの都合を配慮してくれた」(51.4%)を20ポイント以上引き離す圧倒的な1位だ。
競合3.5社との比較の中で、最初に顧客の心を掴むのは「速さ」である。問い合わせから30分以内、理想的には15分以内に初回対応することで、「この会社は真剣に対応してくれる」という第一印象を確立できる。
【実践ポイント】
- 問い合わせ通知を複数デバイスで受信できる体制構築
- テンプレート活用による迅速な初回返信(ただし機械的にならないよう注意)
- 営業時間外の問い合わせには翌朝一番での対応を徹底
- 自動返信機能の活用(担当者からの詳細連絡がいつ来るかを明示)
「ただ速い」だけでは不十分――情報の質で差をつける
しかし、速さだけでは勝てない。調査では「正確な物件情報の提供」(69.0%)、「問い合わせに対する丁寧な対応」(58.3%)も高い評価を得ている。つまり、スピードと質の両立が求められているのだ。
特に重要なのは、顧客が問い合わせた物件以外にも積極的に選択肢を提示する姿勢である。「問い合わせた物件以外の物件情報の提案」を満足点として挙げた顧客は24.3%に達している。これは、顧客が「自分の希望条件に合う最適な物件を一緒に探してくれるパートナー」を求めていることを示唆している。
【戦略2】写真と情報量で競合を圧倒する
写真点数が選択の決定打に
「不動産会社を選ぶポイント」として**「写真の点数が多い」がトップ(66.7%)**に輝いた。これは過去3年で最も高い数値であり、ビジュアル情報の重要性が年々高まっていることを示している。
大手不動産ポータルサイト上での掲載において、写真点数は競合との差別化の最も直接的な要素だ。同じ物件でも、写真が10枚の物件と30枚の物件では、クリック率・問い合わせ率に大きな差が生じる。
【実践ポイント】
- 物件ごとに最低20枚以上の写真を撮影
- 外観、エントランス、室内(各部屋の複数角度)、設備詳細、周辺環境まで網羅
- 晴天時の撮影を基本とし、自然光を活かした明るい写真を心がける
- 360度パノラマ写真や動画の活用も検討
- 写真の更新頻度を上げ、常に新鮮な情報を提供
物件情報以外の付加価値で差をつける
調査で「物件情報以外に必要だと思う情報」として最も多く挙げられたのは**「周辺情報」(76.4%)**だった。続いて「交通の利便性」(58.3%)、「地域の安全性(治安)」(55.0%)が上位にランクインしている。
これらは単なる物件スペック以上の「生活のしやすさ」を示す情報である。競合他社が物件情報だけを提供している中で、周辺のスーパー、病院、学校、飲食店などの生活利便施設情報を詳細に提供することで、「この会社は本当に顧客のことを考えている」という印象を与えられる。
特に注目すべきは、「地域の安全性(治安)」が前年から15ポイント以上増加している点だ。ハザードマップ情報や犯罪発生率など、安心・安全に関する情報への関心が急速に高まっている。
【戦略3】接客の質で長期関係を構築する
満足度を左右する対応の「丁寧さ」
調査の「不満だったこと」のトップ3を見ると、市場の厳しさが浮き彫りになる。
- 「言葉遣いや対応が気に障った」(8.8%)
- 「問い合わせをしたら『その物件はもう無い』と言われた」(17.0%)
- 「問い合わせへの回答が的を射ていなかった」(11.6%)
これらの不満は、すべて「基本的な接客の質」に起因している。特に「言葉遣いや対応」は、満足度調査では67.9%が「言葉遣いや対応が良かった」と評価している一方で、不満の最上位にも挙がっている。つまり、接客の質が二極化しており、この部分での失敗が致命的な離脱につながるということだ。
【実践ポイント】
- スタッフ全員への定期的な接客研修の実施
- 電話・メール・対面それぞれのコミュニケーションマニュアルの整備
- ロールプレイング訓練による実践力の向上
- 顧客の要望を正確にヒアリングし、的確に回答するスキルの磨き込み
- クレーム対応マニュアルの策定と共有
物件の鮮度管理が信頼の基盤
「その物件はもう無い」という回答は、顧客にとって最も失望させられる体験の一つだ。これは単に機会損失ではなく、会社全体への信頼を損なう致命的な要因となる。
大手不動産ポータルサイトへの掲載情報は、リアルタイムで更新することが理想だ。少なくとも1日2回(午前・午後)の更新を徹底し、成約済み物件は即座に削除する体制を構築すべきである。
【戦略4】顧客の都合を最優先する柔軟性
「配慮」が選択を左右する時代
調査で満足度2位に挙げられたのは**「こちらの都合を配慮してくれた」(51.4%)**である。この項目は賃貸で特に高く評価されており(57.8%)、仕事や家庭の事情で柔軟な対応を求める顧客が多いことを示している。
具体的には、以下のような配慮が評価される:
- 内見時間の柔軟な設定(早朝・夜間・休日対応)
- オンライン対応の充実(リモート内見、オンライン相談)
- 契約手続きのスケジュール調整
- 複数物件の効率的な内見ルート設計
リモート対応の戦略的活用
調査では、IT重説の活用意向が**56.7%(賃貸では63.2%)**と、過去最高を記録している。「オンライン契約」も42.2%が活用意向を示しており、特に賃貸では3年連続で増加している。
これは、時間や場所の制約を超えた柔軟な対応が競争優位性を生むことを示している。ただし、調査では「対面での対応」を重視する層も依然として存在する。重要なのは、顧客に選択肢を提供することだ。
【実践ポイント】
- IT重説・オンライン内見の環境整備
- ビデオ会議ツールの習熟と通信環境の安定化
- オンライン対応時の画面共有や資料提示の工夫
- 対面とオンラインのハイブリッド型対応の構築
- 顧客の好みに応じた柔軟な対応方針の明示
【戦略5】口コミと評価を戦略的に活用する
信頼の源泉としての第三者評価
「不動産会社を選ぶポイント」で4位に入ったのが**「不動産会社に対する口コミ情報」(41.0%)**である。特に「特に重視するポイント」では2位(12.5%)にランクインしており、口コミが選択の決定打となっているケースが多い。
これは、第三者からの客観的な評価が、会社の信頼性を証明する重要な要素になっていることを意味する。特に初めて問い合わせる顧客にとって、既存顧客の声は安心材料となる。
【実践ポイント】
- Googleマイビジネスでの口コミ管理の徹底
- 成約後の顧客へのレビュー依頼(過度にならない範囲で)
- ポジティブな口コミへの丁寧な返信
- ネガティブな口コミへの真摯な対応と改善姿勢の表明
- 社内での口コミ分析と業務改善へのフィードバック
【戦略6】ブランド力とシステムで競争優位を確立する
フランチャイズ加盟という選択肢
ここまで述べてきた差別化戦略を個社で実現するには、相当な時間・コスト・ノウハウが必要となる。特に中小規模の不動産会社にとって、写真撮影の質向上、システム投資、マーケティング強化、スタッフ教育などを同時並行で進めるのは容易ではない。
そこで検討すべきなのが、実績あるフランチャイズ本部への加盟である。
例えば、設立から25年以上の歴史を持ち、三大都市圏を中心に約200店舗の直営店を展開するハウスコムのようなブランドに加盟することで、以下のメリットが得られる:
ブランド力による集客効果
大手不動産ポータルサイト上での認知度が高いブランドであれば、同じ物件でも問い合わせ率が向上する。顧客は「聞いたことがあるブランド」に対して、一定の信頼感を持っているからだ。
業務システムの即時活用
大手不動産テック企業の基幹システム(コンバータ・顧客管理・契約管理)を、加盟と同時に利用できる。これにより、物件情報の自動連携、顧客情報の一元管理、契約書作成の効率化が実現し、本来注力すべき接客業務に時間を使えるようになる。
本部からの反響送客
フランチャイズ本部が主体となって実施する業務提携により、問い合わせの送客支援を受けられる。これは特に新規出店時や、集客に課題を抱えている店舗にとって大きなメリットとなる。
ノウハウとベストプラクティスの共有
25年以上蓄積されたノウハウや、直営店・他加盟店のベストプラクティスを学べる機会が定期的に提供される。ベンチマークセミナーなどを通じて、業界のトップランナーの手法を自社に取り入れることができる。
経営課題の総合的サポート
本部スタッフによる定期的な巡回訪問(リアル・オンライン)により、売上向上からコスト削減、法務・労務対応まで、幅広い経営課題について相談・支援を受けられる。これは、経営者が孤独に悩むことなく、常に相談できるパートナーがいるという安心感につながる。
【戦略7】データドリブンな経営判断を実践する
数字で見る自社の立ち位置
今回のデータから明らかになったのは、市場全体が「比較検討の激化」という方向に動いているという事実だ。この流れに対応するには、感覚ではなくデータに基づいた経営判断が不可欠である。
自社の以下の数値を定期的に測定し、改善サイクルを回すべきだ:
- 問い合わせからの初回返信時間(目標:30分以内)
- 問い合わせから内見への転換率(業界平均との比較)
- 内見から成約への転換率(競合との差分分析)
- 顧客1人あたりの問い合わせ対応時間(効率性の指標)
- リピート・紹介率(顧客満足度の間接指標)
これらの数値を可視化し、週次・月次で振り返ることで、具体的な改善ポイントが見えてくる。
まとめ:選ばれ続けるための持続的な取り組み
平均3.5社との比較という新たな競争環境において、勝ち残るための道筋は明確になった。
- 初速で勝つ:問い合わせへの迅速かつ丁寧な対応
- 情報量で圧倒する:写真点数と周辺情報の充実
- 接客の質で差をつける:言葉遣い、配慮、柔軟性
- 信頼を可視化する:口コミと第三者評価の活用
- 効率化を追求する:システム活用とフランチャイズ加盟の検討
- データで改善する:継続的な測定と改善サイクル
これらは一朝一夕に実現できるものではない。しかし、一つひとつを着実に積み重ねることで、「3.5社の中から選ばれる1社」になることは十分に可能だ。
重要なのは、顧客の視点に立ち続けることである。顧客は何を求めているのか、何に不満を感じているのか――その答えは、今回紹介したデータの中にすべて存在している。
競合との差別化は、特別な魔法ではなく、基本的な業務の質を高め、顧客が求める価値を確実に提供し続けることに尽きる。その実践こそが、激化する競争を勝ち抜く唯一の道なのである。
【本記事で紹介したデータ出典】
不動産情報サイト事業者連絡協議会(RSC)「不動産情報サイト利用者意識アンケート」2025年調査結果

