訪問社数2.5社の時代、選ばれる店舗になるための来店促進戦略

業界の構造変化が示す「厳選時代」の到来
不動産賃貸仲介業界に静かな、しかし確実な変化が起きている。2025年の最新調査によれば、物件を契約するまでに顧客が訪問する不動産会社数は平均2.5社。問い合わせ社数が平均3.5社まで増加する一方で、実際に足を運ぶ店舗は限定的だ。特に賃貸では訪問社数が平均2.0社に留まり、約半数近くの顧客が「1社のみ」を訪問している現実がある。
この数字が意味するのは、顧客が事前に情報を精査し、訪問先を厳選する時代への突入である。問い合わせ段階での比較検討は増えても、実際の来店に至るハードルは年々高まっている。不動産仲介業者にとって、「選ばれる店舗」になることの重要性はかつてないほど高まっているのだ。
本記事では、この構造変化の本質を読み解き、限られた来店機会を確実に獲得するための実践的戦略を提示する。
データが示す顧客行動の変化
問い合わせは増加、訪問は厳選
不動産情報サイト事業者連絡協議会(RSC)の調査結果は、顧客行動の二極化を鮮明に映し出している。
問い合わせ段階での比較検討の拡大
- 問い合わせ社数は全体で平均3.5社(前年比+0.7社増加)
- 賃貸では平均3.3社と、2015年以降で最多を記録
- 「5社以上」に問い合わせる顧客は賃貸で21.0%に達する
訪問段階での厳選行動
- 実際の訪問社数は平均2.5社(前年比+0.3社増加)
- 賃貸では45.6%の顧客が「1社のみ」を訪問
- 問い合わせから訪問への「絞り込み率」は約70%
この差は何を意味するのか。顧客は大手不動産ポータルサイトや不動産会社のホームページで情報を収集し、複数社に問い合わせを行う。しかし、実際に訪問するのは、その中で「信頼できる」「対応が良い」と判断した限られた店舗だけなのである。
検討期間の長期化が示す慎重さ
さらに注目すべきは、物件探しから契約までの期間の長期化である。賃貸では1ヶ月以上かけて検討する顧客が64.3%に達し、前年比で6.9ポイント増加。売買では3ヶ月以上が76.0%と、前年比で4.4ポイント増加している。
顧客は時間をかけて比較検討し、訪問先を慎重に選別している。この行動変化の背景には、情報の透明性向上とデジタルツールの進化がある。
来店を阻む「3つの壁」
顧客が訪問を躊躇する理由を分析すると、3つの主要な障壁が浮かび上がる。
第1の壁:情報の非対称性への不安
「わざわざ店舗に行く価値があるのか」――これが顧客の最大の懸念である。大手不動産ポータルサイトで物件情報を閲覧し、複数社に問い合わせた段階で、顧客は既に相当量の情報を手にしている。
店舗訪問に時間を割く価値を感じるには、オンラインでは得られない付加価値が明確である必要がある。調査では、顧客が不動産会社に求めるものとして「丁寧・親身な対応」(69.0%)、「正確な物件情報の提供」(56.3%)が上位を占めている。
第2の壁:対応品質への不信感
問い合わせ段階での対応が、来店の可否を大きく左右する。調査で明らかになった「不満だったこと」の上位項目は示唆に富む。
顧客が不満を感じる対応トップ3
- 「その物件はもう無い」と言われた(17.0%)
- 言葉遣いや態度が気に障った(11.6%)
- 問い合わせへの回答が的を射ていなかった(14.6%)
特に「物件が既に無い」という回答は、情報鮮度への不信を決定的にする。この経験をした顧客は、その店舗への訪問を躊躇するだけでなく、業界全体への不信感を抱く可能性がある。
第3の壁:時間効率への懸念
現代の顧客は時間効率を重視する。賃貸では非対面型サービスの活用意向が年々高まっており、「オンライン契約」の活用意向は42.2%(前年比+0.4ポイント)、「IT重説」は49.9%(前年比+1.9ポイント)に達している。
店舗訪問には往復の移動時間と接客時間が必要となる。その投資に見合う価値――すなわち、対面でしか得られない情報やサービス――が明確でなければ、顧客は訪問を先送りにする。
来店促進の5つの実践戦略
では、この厳しい環境下で来店を促進するには何が必要か。成功している店舗の実践例から、効果的な戦略を抽出した。
戦略1:問い合わせ対応の「黄金の24時間」を制する
調査で最も顧客満足度が高かった対応は「問い合わせに対するレスポンスの早さ」(71.5%)である。問い合わせから最初の返信までの時間が、来店率を大きく左右する。
実践的アクション
- 問い合わせから2時間以内の初回返信を徹底
- 自動返信と併せて、担当者からのパーソナライズされた返信を24時間以内に実施
- 夜間・休日の問い合わせには翌営業日午前中の優先対応
- 返信内容に「物件の最新状況」「類似物件の提案」を必ず含める
特に重要なのは、単なる「承りました」という返信ではなく、顧客の問い合わせ内容を的確に理解し、具体的な情報を提供することである。これにより「この店舗は信頼できる」という第一印象を形成する。
戦略2:物件情報の「鮮度管理」を徹底する
「その物件はもう無い」という回答は、来店機会を永久に失う致命的なミスである。物件情報の鮮度管理は、もはや差別化要因ではなく、参入の最低条件となっている。
実践的アクション
- 物件情報の更新を1日2回以上実施(午前・午後)
- 成約済み物件の情報削除を30分以内に実行
- 問い合わせ時に物件状況をリアルタイムで確認するシステムの構築
- 万が一成約済みだった場合の「代替物件提案」を3件以上準備
大手不動産ポータルサイトへの掲載情報も同様に厳密な管理が求められる。顧客は複数サイトを横断的に閲覧しているため、情報の不整合は即座に信頼性の低下につながる。
戦略3:「写真の充実」で来店前の期待値を高める
不動産会社を選ぶポイントとして「写真の点数が多い」が60.4%でトップを占めた。これは直近3年で最多の数値である。しかし、単に写真が多ければ良いわけではない。
実践的アクション
- 室内写真は最低15枚、推奨20枚以上を掲載
- 「決定要因となる写真」を意識:キッチン、浴室、収納、眺望、日当たり
- 360度パノラマ写真や動画の活用で「疑似内見体験」を提供
- 周辺環境写真(駅からの経路、スーパー、コンビニ等)を5枚以上掲載
- 写真の画質と照明にこだわり、プロレベルの撮影技術を習得
写真の充実は、来店前の期待値を適切に設定し、「実際に見てみたい」という欲求を喚起する。同時に、ミスマッチを事前に防ぐことで、来店時の成約率向上にも寄与する。
戦略4:「口コミ管理」を戦略的に実施する
「不動産会社に対する口コミ情報」は、特に重視するポイントで2位にランクインしている。Googleマップやポータルサイトのレビューは、来店の意思決定に大きな影響を与える。
実践的アクション
- Google ビジネスプロフィールへの写真・情報登録を充実
- 成約顧客へのレビュー依頼を契約プロセスの一部として組み込む
- 否定的レビューへの真摯な返信と改善アクションの提示
- ポジティブな口コミの社内共有と、評価された点の強化
- スタッフ個人への評価コメントを活用した「担当者指名制」の導入
口コミは見込み客の行動を左右するだけでなく、社内の接客品質向上のフィードバック機構としても機能する。
戦略5:「来店特典」ではなく「来店価値」を提示する
割引や特典で来店を促す手法は、短期的な効果はあっても持続性に欠ける。重要なのは、対面接客の本質的価値を明確に伝えることである。
実践的アクション
- 「オンラインでは伝えきれない情報」を明示:周辺環境、物件の細かい特徴、入居後のサポート体制
- 「初回来店で実現できること」をリスト化:希望条件の詳細ヒアリング、複数物件の比較提案、内見スケジュールの即時決定
- 地域密着型の情報提供:地域の暮らしやすさ、治安情報、近隣住民の様子
- 「来店した顧客の満足度」を数値で提示:「来店顧客の85%が希望条件を満たす物件を見つけています」等
特に重要なのは、問い合わせ時に「来店することで得られる具体的なメリット」を伝えることである。これは営業トークではなく、顧客の課題解決プロセスの一部として位置づける。
デジタル時代の来店促進:オンラインとオフラインの融合
来店促進は、もはやオフラインの施策だけでは完結しない。オンラインでの顧客接点を最大化し、そこから来店へとスムーズに誘導する動線設計が不可欠である。
オンライン接客の戦略的活用
調査では、オンライン接客の活用意向が44.6%、IT重説が49.9%と高い水準を示している。これは脅威ではなく、むしろ機会である。
ハイブリッド戦略の実践例
- 初回接触はオンライン:問い合わせ顧客に対して、まずオンライン面談を提案
- 信頼構築後に来店誘導:オンラインで関係性を築いた後、内見や契約前の「対面相談」の価値を提示
- 来店とオンラインの使い分け提示:顧客のライフスタイルに合わせた柔軟な対応を可能にする
重要なのは、オンラインとオフラインを対立させるのではなく、顧客の利便性を最大化する手段として統合することである。
SNSを活用した来店動線の構築
調査では、住まい探しの際にSNS(主にYouTube、Instagram)を利用している顧客が24.1%に達している。特に売買では30.4%と高い。
SNS活用の実践アクション
- Instagramでの物件紹介投稿(写真重視、ストーリーズ活用)
- YouTubeでの物件紹介動画と「来店の流れ」説明動画
- スタッフの人柄が伝わるコンテンツ投稿で親近感を醸成
- 問い合わせへのSNS経由の導線設計
SNSは認知獲得だけでなく、「この会社・この人に相談したい」という心理的距離の短縮に効果を発揮する。
来店率を高める「顧客体験設計」
来店促進は単なる集客施策ではない。顧客が物件探しの過程で経験する一連のプロセス全体を最適化する「顧客体験設計」である。
来店前:期待値の適切な設定
実践的チェックリスト
- [ ] 問い合わせ返信に「次のステップ」を明確に提示しているか
- [ ] 来店時に必要な持ち物、所要時間を事前に伝えているか
- [ ] 店舗へのアクセス方法を分かりやすく案内しているか
- [ ] 担当者の顔写真とプロフィールを共有しているか
- [ ] 来店前に顧客の希望条件を詳細に把握しているか
来店時:期待を超える体験の提供
調査で明らかになった「満足だったこと」の上位には、単なる物件紹介を超えた付加価値が並ぶ。
顧客満足度を高める接客要素
- こちらの都合を配慮してくれた(57.8%)
- 物件の提案や追加の連絡等をしてくれた(48.6%)
- 内見をさせてくれた(45.2%)
- 物件まで同行してくれた(43.8%)
特に「顧客の都合への配慮」は、時間調整の柔軟性、子連れへの対応、プライバシーへの配慮など、多岐にわたる。小さな配慮の積み重ねが、顧客の満足度と再来店率を左右する。
来店後:継続的な関係構築
1回の来店で成約に至らない場合も多い。重要なのは、来店後のフォローアップである。
フォローアップの実践例
- 来店当日中に「本日はありがとうございました」のメール送信
- 内見物件の詳細情報と追加写真の送付
- 24時間以内に新着物件情報の提供
- 1週間後のフォローアップ連絡(希望条件の変化確認)
- 他の物件を検討中であることへの理解と、適切なタイミングでの再提案
組織として来店促進力を高める
個人のスキルに依存した来店促進では、安定的な成果は望めない。組織として、システムとして、来店促進力を高める仕組みが必要である。
データ分析による継続的改善
測定すべき主要指標(KPI)
- 問い合わせから来店までの転換率
- 問い合わせから初回返信までの平均時間
- 来店から成約までの転換率
- 来店顧客の満足度スコア
- 物件情報の平均更新頻度
- 口コミ評価の平均スコアと件数
これらの指標を週次・月次でモニタリングし、課題の早期発見と改善施策の実施につなげる。
スタッフ教育とノウハウの共有
来店率が高いスタッフの行動パターンを分析し、組織全体で共有する。
教育プログラムの要素
- 問い合わせ対応のロールプレイング訓練
- 優れた対応事例の定期的な共有会
- 物件撮影スキルの向上研修
- オンライン接客ツールの活用トレーニング
- 顧客心理とコミュニケーション技術の学習
テクノロジーの活用
業務効率化と顧客体験向上を両立するテクノロジーの導入は不可欠である。
導入を検討すべきツール
- 顧客管理システム(CRM)による問い合わせ・来店・成約の一元管理
- チャットボットによる初期問い合わせの自動対応
- 予約システムによる来店予約の簡便化
- オンライン内見ツールの整備
- データ分析ツールによる行動パターンの可視化
フランチャイズ加盟による来店促進力の強化
ここまで述べてきた来店促進戦略を、個店が単独で実現するのは容易ではない。システム構築、ブランド力、ノウハウの蓄積――これらには相当な時間とコストが必要となる。
ブランド力がもたらす来店動機
調査では、不動産会社を選ぶ際に「大手不動産ポータルサイトでの掲載数」が重視されている(43.8%)。同様に、知名度のある企業ブランドは、それ自体が来店の動機となる。
フランチャイズ加盟により、確立されたブランドの信頼性を活用できる。これは特に、初めて問い合わせる顧客の心理的ハードルを下げる効果がある。
実証済みのシステムとノウハウの活用
成功している企業には、試行錯誤を経て確立された来店促進のノウハウとシステムがある。
フランチャイズ加盟で得られる価値
- 効果実証済みの集客・来店促進ツール
- 物件情報管理システムと大手不動産ポータルサイトへの掲載支援
- 接客マニュアルとスタッフ教育プログラム
- 先行加盟店の成功事例とベストプラクティスの共有
- 本部による継続的なマーケティング支援
スケールメリットによるコスト効率
広告宣伝、システム投資、人材育成――これらのコストを、フランチャイズのスケールメリットにより効率化できる。
特に、大手不動産ポータルサイトへの掲載費用や、最新のITシステムの導入費用は、個店にとって大きな負担となる。フランチャイズ本部との協業により、これらのコストを最適化できる。
まとめ:「選ばれる店舗」への進化
訪問社数2.5社の時代――これは、不動産賃貸仲介業界の構造的な変化を象徴している。顧客は情報を精査し、訪問先を厳選する。店舗は、限られた来店機会を獲得するために、あらゆる接点で価値を提供し続けなければならない。
本記事で提示した戦略の核心は、「顧客視点の徹底」にある。顧客が何を求め、何に不安を感じ、どのような体験を期待しているのか。この理解に基づいて、問い合わせ対応、情報提供、店舗接客のすべてを設計する。
そして、これらの施策を個店の努力だけで実現するのは、もはや現実的ではない。確立されたブランド、実証済みのシステム、共有されたノウハウ――これらを活用することで、来店促進力を飛躍的に高めることができる。
競争が激化する不動産賃貸仲介市場で生き残り、成長するために必要なのは、変化への適応力である。顧客の行動が変わったなら、私たちのアプローチも変わらなければならない。「選ばれる店舗」への進化――それは、今日から始められる。


