「その物件、もうないんです」──顧客離れを招く”空室情報の遅れ”が賃貸仲介業者の致命傷になる理由

はじめに
「気になっていた物件、まだありますか?」
期待に胸を膨らませて問い合わせてきた顧客に対し、「申し訳ありません、その物件はもう成約済みでして……」と伝えなければならない瞬間。この一言が、どれほど深刻な信頼喪失を招いているか、正確に把握している不動産会社はどれくらいあるだろうか。
不動産情報サイト事業者連絡協議会(RSC)が2025年に発表した「不動産情報サイト利用者意識アンケート」調査は、業界にとって見過ごせない現実を突きつけている。賃貸契約者が不動産会社に抱く不満の第1位は、「問合せをしたら、『その物件はもうない』と言われた」で、実に**24.7%**もの顧客がこの経験を不満として挙げているのだ。
本記事では、最新の調査データを基に、成約済み物件の案内がなぜ起こり、どのような影響を及ぼすのかを分析するとともに、現場で今すぐ実践できる在庫管理の改善策と、業務システム活用による根本解決の道筋を探っていく。
最多不満要因「成約済み物件案内」が示す業界の構造的課題
なぜ「もうない物件」への問い合わせが発生するのか
賃貸仲介業界において、成約済み物件への問い合わせが発生する背景には、複数の構造的要因が存在する。
情報更新のタイムラグ 大手不動産ポータルサイトへの物件情報掲載は、多くの仲介業者にとって集客の生命線だ。しかし、掲載されている物件情報がリアルタイムで更新されていないケースは珍しくない。自社の成約情報を即座に反映させる仕組みが整っていない店舗では、成約から掲載終了まで数日のラグが生じることもある。
複数媒体への掲載による管理の複雑化 物件情報は自社ホームページ、大手不動産ポータルサイト、SNSなど複数のチャネルに掲載されることが一般的だ。それぞれを手作業で更新していては、どこかで漏れが生じるのは時間の問題といえる。
繁忙期における業務集中 1〜3月の繁忙期には、1店舗あたりの問い合わせ件数が通常期の数倍に膨れ上がる。接客や内見対応に追われるなか、物件情報の更新作業が後回しになりがちだ。
調査データが示す顧客行動の変化
RSCの調査によると、顧客の住まい探し行動には明確な変化が見られる。
検討期間の長期化 住まい探しを始めてから契約までに要する期間は、賃貸において「1ヶ月以上」の割合が47.3%と、前年より5.4ポイント増加した。顧客はより慎重に、より多くの物件を比較検討するようになっている。
問い合わせ社数の増加 賃貸契約者が問い合わせた不動産会社数は平均3.3社で、これは2015年以降の過去11年間で最多の数字だ。「5社以上」に問い合わせた顧客の割合は21.0%にのぼる。
これらのデータが意味するのは、顧客は複数の不動産会社を比較し、より良いサービスを提供する会社を選別しているという事実だ。最初のコンタクトで「その物件はもうない」と告げられた会社が、選択肢から外されるリスクは極めて高い。
信頼喪失のメカニズム──「一度の失敗」がもたらす連鎖反応
顧客心理への影響
成約済み物件の案内は、単なる「情報の行き違い」では済まない。顧客の心理にどのような影響を与えるかを理解することが重要だ。
第一印象の決定的悪化 「問合せに対するレスポンスの早さ」は、顧客満足度の最上位項目(71.5%)として挙げられている。一方で、最初の問い合わせで「物件がない」と告げることは、レスポンスの早さ以前に、会社の信頼性そのものを疑わせる結果となる。
「おとり物件」疑惑の発生 繰り返し成約済み物件を案内された顧客は、「わざと存在しない物件で集客しているのではないか」という疑念を抱く。いわゆる「おとり物件」の疑惑だ。たとえ意図的でなくても、結果として同じ印象を与えてしまう。
口コミ・SNSによる評判拡散 RSCの調査では、不動産会社を選ぶ際に「不動産会社に対する口コミ情報」を重視する顧客が増加傾向にある。一人の不満足な顧客が発信するネガティブな口コミは、潜在顧客の選択にも影響を及ぼす。
売上への直接的インパクト
信頼喪失は、具体的な数字となって経営を圧迫する。
成約済み物件案内によって他社に流出した顧客が、仮に月に5組いたとする。平均仲介手数料を家賃1ヶ月分(8万円と仮定)とすれば、月間で40万円、年間で480万円の機会損失となる。繁忙期であればこの数字はさらに膨らむ。
しかも、この計算には含まれていない損失がある。紹介やリピートによる将来の取引機会、そして何より、築き上げるべきだった「信頼」という無形資産の毀損だ。
現場で今すぐ実践できる在庫管理改善策
日次チェックリストの導入
在庫管理の精度を高める第一歩は、日々の確認作業をルーティン化することだ。
朝のチェック項目
- 前日までの成約物件の掲載終了確認
- 新規入庫物件の掲載状況確認
- 問い合わせが集中している物件の空室状況確認
夕方のチェック項目
- 当日成約物件の情報更新完了確認
- 翌日の内見予定物件の空室再確認
- 週末に向けた物件情報の最終チェック(金曜日)
「15分ルール」の徹底
成約確定から情報更新までの目標時間を「15分以内」と定めることを推奨する。
成約の連絡を受けた担当者が、その場で以下のアクションを完了させる運用だ。
- 社内システムでの成約登録
- 大手不動産ポータルサイトの掲載終了手続き
- 自社ホームページの更新
- SNS投稿の削除または更新
このルールを形骸化させないために、週次で「15分以内達成率」を集計し、店舗ミーティングで共有する仕組みも有効だ。
問い合わせ時の初動対応マニュアル
万が一、成約済み物件への問い合わせを受けてしまった場合の対応も標準化しておきたい。
NG対応 「申し訳ありません、その物件はもう決まってしまいまして……」(沈黙)
推奨対応 「大変申し訳ございません。ご検討いただいていた物件が、つい先ほど成約となりました。実は、同じエリアで条件の近い物件を〇件ほど新たにご用意しております。よろしければ、お客様のご希望をもう少し詳しくお聞かせいただけますか?」
ポイントは、謝罪で終わらせず、代替提案へスムーズに移行することだ。顧客の落胆を、新たな可能性への期待に転換させる話法が求められる。
在庫管理の自動化がもたらす業務革新
基幹システム導入による解決
在庫管理の精度向上を人的努力だけに頼るのには限界がある。繁忙期や人員不足時には、どうしてもヒューマンエラーが発生しやすい。
根本的な解決策は、業務システムの導入による自動化だ。
大手不動産テック企業が提供する基幹システムでは、以下のような機能が標準装備されている。
コンバータ機能 一度の入力で複数の大手不動産ポータルサイトに物件情報を自動配信。成約時の掲載終了も一括処理が可能。
顧客管理機能 問い合わせ履歴、内見履歴、顧客の希望条件を一元管理。成約済み物件に問い合わせた顧客へ、類似物件を自動でレコメンドする仕組みも。
契約管理機能 契約状況をリアルタイムで反映し、物件ステータスを自動更新。「成約済み物件の放置」を構造的に防止できる。
システム投資の費用対効果
基幹システムの導入には一定のコストがかかる。しかし、そのコストは「守りの投資」であると同時に「攻めの投資」でもある。
守りの効果
- 成約済み物件案内による機会損失の防止
- 手作業による入力ミス・更新漏れの削減
- クレーム対応コストの低減
攻めの効果
- 業務効率化による営業活動時間の創出
- データに基づく効果的な物件提案
- 顧客満足度向上によるリピート・紹介の増加
仮にシステム利用料が月額5万円だとしても、成約済み物件案内による顧客流出を月に1組防げれば、それだけで投資を回収できる計算になる。
フランチャイズ加盟という選択肢
個店では実現困難な業務基盤の獲得
中小規模の不動産仲介会社にとって、高機能な基幹システムを単独で導入・運用することは、コスト面でも運用ノウハウ面でも高いハードルとなる。
この課題を解決する選択肢の一つが、フランチャイズへの加盟だ。
大手フランチャイズ本部は、加盟店に対して業務システムを提供している。コンバータ・顧客管理・契約管理といった機能がパッケージ化されており、システムの利用料がロイヤリティに含まれているケースも多い。
つまり、個店では実現困難だった「仕組みによる在庫管理」を、加盟によって即座に手に入れることができる。
本部によるサポート体制
システムの導入だけでなく、その活用方法についてもフランチャイズ本部からのサポートが受けられる点は大きい。
定期的な店舗巡回やオンラインでの相談対応を通じて、在庫管理の運用改善、スタッフ教育、さらには経営全般に関するアドバイスを受けられる体制が整っている本部もある。
加盟店同士のネットワークを活用し、在庫管理の成功事例や失敗事例を共有できることも、単独経営にはないメリットだ。
明日から始める在庫管理改善アクションプラン
ステップ1:現状把握(1週間)
まずは自社の在庫管理の実態を把握することから始める。
- 過去1ヶ月間で「成約済み物件」への問い合わせが何件あったかを集計
- 成約から情報更新までに要した平均時間を計測
- 更新漏れが発生しやすい曜日・時間帯を特定
ステップ2:運用ルールの策定(2週目)
現状把握の結果を踏まえ、具体的な運用ルールを策定する。
- 「15分ルール」など、更新時間の目標設定
- 日次チェックリストの作成と担当者の割り当て
- 問い合わせ対応マニュアルの整備
ステップ3:システム環境の見直し(3〜4週目)
現行のシステム環境で自動化できる部分がないかを検討する。
- 利用中のポータルサイト管理機能の棚卸し
- 一括更新機能・連携機能の有無を確認
- 不足する機能があれば、システム刷新やFC加盟を含む選択肢を検討
ステップ4:効果測定と改善(継続)
改善施策の効果を定量的に測定し、PDCAサイクルを回す。
- 「成約済み問い合わせ件数」の月次推移をモニタリング
- 顧客アンケートで「情報の正確性」に関する満足度を確認
- 四半期ごとに運用ルールを見直し、改善を継続
おわりに
不動産情報サイト事業者連絡協議会の調査で明らかになった「成約済み物件案内」という最多不満要因は、裏を返せば、ここを改善するだけで競合他社との差別化を図れる領域でもある。
顧客が不動産会社に求める「正確な物件情報の提供」は、信頼関係構築の土台だ。その土台を揺るがすような情報管理では、いかに営業トークが優れていても、いかに立地条件が良くても、顧客の心を掴むことはできない。
在庫管理の精度向上は、地道な取り組みの積み重ねであり、一朝一夕に成果が出るものではない。しかし、日々の運用改善と、それを支える業務システムの整備によって、「その物件はもうない」という言葉を顧客に告げる機会を限りなくゼロに近づけることは可能だ。
顧客の期待を裏切らない情報発信。それこそが、選ばれる不動産会社への第一歩である。
【参考】 不動産情報サイト事業者連絡協議会(RSC)「不動産情報サイト利用者意識アンケート」調査結果(2025年10月27日発表)


