比較社数は過去最多、検討期間は長期化――「選ばれる不動産会社」になるための顧客体験設計とは

顧客が「またこの会社に頼みたい」と思う瞬間は、どこで生まれるのか
不動産賃貸仲介業界において、「成約率の向上」は永遠の課題だ。しかし、物件情報の差別化が難しくなった今、勝敗を分けるのは「顧客体験(カスタマーエクスペリエンス)」の質である。
不動産情報サイト事業者連絡協議会(RSC)が2025年に実施した調査によると、賃貸物件を契約するまでに問い合わせた不動産会社数は平均3.3社。これは2015年以降で最多の数字だ。検討期間も長期化傾向にあり、1カ月以上かけて契約に至る顧客の割合は全体の約4割に達している。
つまり、顧客は以前にも増して「比較検討」に時間をかけている。その中で選ばれるためには、問い合わせから契約までの一連のプロセス全体を「体験」として捉え、各接点で顧客の期待を超える価値を提供する必要がある。
本記事では、最新の消費者調査データを紐解きながら、不動産賃貸仲介業者が実践すべき「顧客体験設計」の具体的手法を解説する。
顧客行動の変化を読み解く――3つの重要トレンド
トレンド1:比較検討の徹底化
前述の通り、賃貸物件を契約するまでに問い合わせた不動産会社数は平均3.3社に上り、「5社以上」に問い合わせた顧客の割合は全体の21.0%を占める。売買においても平均3.8社と前年比0.8社増加しており、顧客はより多くの選択肢を比較するようになっている。
問い合わせた物件数に目を向けると、賃貸では平均5.8物件、売買では平均5.3物件。「6物件以上」を検討した顧客は全体の約4割に達する。顧客は「失敗したくない」という心理から、慎重に比較検討を重ねているのだ。
トレンド2:店舗立地よりも情報の質を重視
興味深いのは、不動産会社を選ぶポイントの変化だ。「店舗がアクセスしやすい場所にある」という項目は2年連続で減少傾向にある一方、「写真の点数が多い」「不動産会社に対する口コミ情報」が上位を占めている。
この傾向は、顧客が物理的な利便性よりも「情報の充実度」や「第三者評価」を重視するようになったことを示している。駅前一等地に店舗を構えることの優位性は、かつてほど絶対的ではなくなりつつある。
トレンド3:デジタル対応への期待の高まり
非対面型サービスへの関心も年々高まっている。IT重説(オンラインでの重要事項説明)を「活用したい」と答えた賃貸検討者は56.7%と過去最高を記録。オンライン契約への利用意向も51.0%に達し、3年連続で増加している。
顧客は「便利さ」を求めている。対面での丁寧な対応と、デジタルの利便性。この両方を提供できる会社が、選ばれる時代になっている。
【フェーズ1】問い合わせ段階の体験設計――最初の30分が勝負を決める
レスポンススピードは「期待値」ではなく「最低条件」
RSC調査において、不動産会社の対応で「満足だったこと」の第1位は「問い合わせに対するレスポンスが早かった」(71.5%)だった。一方、「不満だったこと」では「問い合わせをしたら返答が遅かった」が上位に挙がっている。
つまり、迅速な対応は「差別化要因」ではなく「必須条件」になっている。問い合わせから最初の返信までの時間は、可能であれば30分以内、遅くとも2時間以内を目指したい。
実践Tips:レスポンス速度を上げる3つの施策
- 自動返信の即座発信:問い合わせ受信と同時に、担当者名と対応予定時間を記載した自動返信を送信する
- 対応優先度のルール化:問い合わせ種別ごとに対応優先度を設定し、チーム内で共有する
- モバイル通知の活用:営業担当者のスマートフォンに即座に通知が届く仕組みを構築する
「その物件はもうない」を言わないための情報管理
不満点で最も多かったのは「問い合わせをしたら、『その物件はもうない』と言われた」という回答だ。これは顧客の期待を大きく裏切る体験であり、その時点で信頼を失うケースが少なくない。
大手不動産ポータルサイトへの掲載情報と自社管理情報の連携を強化し、成約済み物件の即時反映を徹底することが重要だ。情報の鮮度管理は、顧客体験の根幹を支える要素である。
実践Tips:物件情報の鮮度を保つ仕組み
- 成約・申込が入った物件は30分以内にポータルサイトから取り下げる運用ルールを設定
- 週次で「掲載物件の棚卸し」を実施し、募集終了物件を洗い出す
- 基幹システムとポータルサイトの連携を自動化し、人的ミスを削減する
問い合わせ回答の「的確性」を高める
「問い合わせへの回答が的を射ていなかった」という不満も上位に挙がっている。顧客が求めているのは、単なる物件情報の羅列ではなく「自分の条件に合った提案」だ。
問い合わせ内容を丁寧に読み解き、顧客の真のニーズを把握した上で回答することが求められる。たとえば「駅近物件希望」という要望の背景には「通勤時間を短縮したい」「終電を気にせず帰宅したい」といった本質的なニーズがあるかもしれない。
実践Tips:ニーズを深掘りする質問例
- 「駅からの距離は何分以内をご希望ですか?」(具体的条件の確認)
- 「お勤め先はどちらですか?路線の乗り換えなども考慮してご提案できればと思います」(背景ニーズの把握)
- 「駅近にこだわる理由をお聞かせいただけますか?」(本質的価値の理解)
【フェーズ2】内見段階の体験設計――「この人に任せたい」を引き出す接客術
物件説明力が成約率を左右する
不動産会社に求めるものとして「物件に対する詳細な説明力」は常に上位にランクインしている。特に売買では前年比10.2ポイント増加しており、より専門的で詳細な説明が求められている。
単に物件のスペックを読み上げるだけでは不十分だ。その物件で暮らす顧客の姿をイメージさせ、メリットとデメリットの両面を誠実に伝える姿勢が信頼につながる。
実践Tips:内見時の説明で差をつける5つのポイント
- 生活導線の提案:「こちらのキッチンは対面式なので、リビングにいるお子様の様子を見ながら料理ができます」
- 周辺環境との関連付け:「徒歩3分にスーパーがありますので、お仕事帰りの買い物にも便利です」
- デメリットの先出し:「1階のため日当たりはやや控えめですが、その分夏場は涼しく、家賃も相場より抑えめです」
- 類似物件との比較:「先ほどご覧いただいた物件と比べると、収納スペースが1.5倍あります」
- 質問への的確な回答:分からないことは「確認してお伝えします」と誠実に対応する
顧客のペースを尊重する姿勢
「契約の意思決定を急かされた」という不満も一定数存在する。一方で、「契約の意思決定をこちらのペースに合わせてくれた」ことに満足を感じた顧客も多い。
検討期間が長期化している今、無理に即決を迫るアプローチは逆効果だ。顧客が納得するまで寄り添い、必要な情報を提供し続けることが、結果的に成約率の向上につながる。
治安情報・ハザード情報の提供が信頼を生む
物件情報以外で必要だと思う情報として、「治安情報」が全体でトップ(67.6%)に挙がった。「住環境の情報」「地域の安全さ(災害等)」も上位を占めている。
これらの情報を積極的に提供できる不動産会社は、顧客から高い信頼を得られる。地域の交番の場所、過去の浸水履歴、避難所の位置など、「住んでからの安心」につながる情報を準備しておくことをお勧めする。
実践Tips:エリア情報を充実させる方法
- 自治体が公開しているハザードマップを店舗に常備し、内見時に説明できるようにする
- 担当エリアの飲食店、病院、公園などを実際に歩いてリサーチし、「生きた情報」を蓄積する
- 長く住んでいる入居者やオーナーから地域情報をヒアリングし、独自の情報資産を構築する
【フェーズ3】契約段階の体験設計――最後の印象が紹介・リピートを生む
IT重説・オンライン契約への対応は「選ばれる理由」になる
IT重説を「活用したい」と答えた賃貸検討者は56.7%に達している。特に若年層や共働き世帯においては、「来店回数を減らしたい」というニーズが強い。
オンライン対応の可否は、もはや付加価値ではなく「選ばれるための条件」になりつつある。対応していない場合、その時点で候補から外れてしまうリスクがある。
実践Tips:IT重説・オンライン契約の導入ステップ
- 環境整備:安定したインターネット回線、Webカメラ、マイクを準備する
- マニュアル作成:オンラインでの説明フロー、トラブル対応手順を文書化する
- ロールプレイング:社内でオンライン重説のシミュレーションを繰り返し、品質を高める
- 顧客向け案内:オンライン対応可能であることをウェブサイトや問い合わせ回答時に明示する
契約手続きのスムーズさが満足度を決める
「購入・入居手続きのフォロー」は、不動産会社に求めるものとして常に上位に挙がっている。契約書類の準備から鍵の引き渡しまで、各ステップで何が起こるかを事前に説明し、顧客の不安を解消することが重要だ。
実践Tips:契約プロセスを可視化する
- 契約から入居までのスケジュールを一覧表にして顧客に渡す
- 必要書類のチェックリストを作成し、漏れなく案内する
- 次のステップと所要時間を都度伝え、見通しを持ってもらう
入居後のフォローが紹介・リピートにつながる
顧客体験は契約で終わりではない。入居後1週間程度で「お困りごとはありませんか?」と連絡を入れるだけでも、顧客の印象は大きく変わる。この小さな気遣いが、将来の紹介やリピート利用につながっていく。
フランチャイズ加盟という選択肢――体験設計を支えるバックボーン
ここまで述べてきた顧客体験設計を実現するには、物件情報の管理体制、業務システムの整備、スタッフ教育など、多くの投資と仕組みづくりが必要だ。
中小規模の不動産会社が単独でこれらを整備するのは、容易ではない。そこで注目されているのが、フランチャイズへの加盟という選択肢だ。
例えば、全国に200店舗以上を展開するハウスコムのフランチャイズでは、大手不動産テック企業の基幹システムを採用した業務支援体制が整っている。コンバータ・顧客管理・契約管理の3点セットが提供され、利用料金はロイヤリティに含まれるため、導入コストを抑えながら高品質な顧客体験を提供する基盤を構築できる。
加えて、本部主催のベンチマークセミナーや定期的な巡回サポートにより、成功事例やノウハウを継続的に吸収できる点も魅力だ。「加盟店の収益を上げていただくことを第一に考える」という姿勢のもと、多様な支援施策が展開されている。
まとめ――すべての接点で「期待を超える」ことが選ばれる条件
顧客が不動産会社を比較検討する時代において、「選ばれる会社」になるためには、問い合わせから契約までの全プロセスを「顧客体験」として設計し直す視点が欠かせない。
今日から実践できる3つのアクション
- 問い合わせ対応のスピードを計測する:現状の平均レスポンス時間を把握し、改善目標を設定する
- 物件情報の鮮度管理ルールを明文化する:成約物件の取り下げタイミングを全員で共有する
- 内見時の説明をブラッシュアップする:物件スペックだけでなく、生活イメージを伝える練習をする
顧客体験の向上は、一朝一夕で実現するものではない。しかし、一つひとつの接点で「期待を超える」ことを積み重ねていけば、口コミや紹介が生まれ、やがて「あの会社に頼めば間違いない」という評判が形成されていく。
比較社数が過去最多を更新し、検討期間が長期化する今だからこそ、顧客体験設計に本気で取り組む価値がある。


