「駅近・築浅・家賃○万円以内」の先にある本音を掴め──賃貸仲介で成約率を変える”潜在ニーズ発掘”の質問術

顧客が最初に口にする条件は、本当の希望のほんの一部にすぎない。「駅から徒歩10分以内」「家賃8万円以内」「1LDK希望」──こうした表面的な条件だけを頼りに物件を提案し、なかなか成約に結びつかない経験はないだろうか。不動産情報サイト事業者連絡協議会(RSC)が2025年に公表した最新の利用者意識調査では、賃貸契約者が問合せた不動産会社数は平均3.3社と、2015年以降の11年間で最多を記録した。顧客は今、かつてないほど多くの会社を比較検討している。この激しい競争環境の中で選ばれる仲介会社になるためには、顧客自身も言語化できていない「潜在ニーズ」をいかに引き出し、期待を超える提案につなげるかが勝負の分かれ目となる。本記事では、最新の調査データを読み解きながら、明日の接客から即実践できる質問テクニックを体系的に紹介する。


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数字が語る「今の顧客」の行動変化──なぜ潜在ニーズの把握が急務なのか

比較検討の徹底化が進む賃貸市場

2025年のRSC調査が浮き彫りにしたのは、顧客の「比較行動」の顕著な拡大だ。賃貸契約者が物件契約までに問合せた不動産会社数は平均3.3社で、調査開始以来最多となった。とりわけ「5社以上」に問合せた層が全体の21.0%を占め、複数社をじっくり比較する姿勢が鮮明になっている。

問合せた物件数も平均5.8物件に上り、「6物件以上」を検討した層が37.6%に達した。さらに住まい探しの期間も長期化の傾向にあり、1カ月以上かけた層の割合は前年よりも増加している。

この数字が示すのは明確だ。顧客は大手不動産ポータルサイトで事前に豊富な情報を仕入れ、複数の不動産会社に問合せを行い、「どの会社が自分のことを最も理解してくれるか」を冷静に見極めている。条件に合う物件を提示するだけでは差別化にならない時代が、すでに到来している。

「丁寧さ」と「提案力」が選ばれる決定打

同調査では、顧客が不動産会社に求めるもの(複数回答)のトップに「礼儀・丁寧な対応」が立ち、「正確な物件情報の提供」「問合せに対する迅速対応」「物件に対する詳細な説明力」が続いた。注目すべきは、「問合せた物件以外の物件情報の提供」が賃貸で35.8%に上ったことだ。つまり、顧客は「自分が聞いた物件だけでなく、自分では気づけなかった選択肢を示してほしい」と求めている。

ここにこそ、潜在ニーズを引き出すヒアリングの価値がある。顧客の言葉にならない要望を捉え、「この営業担当者は自分のことを本当に理解している」と感じてもらえたとき、成約への距離は一気に縮まる。


「顕在ニーズ」と「潜在ニーズ」の違いを正しく理解する

顕在ニーズ:顧客が自覚し、言葉にできる条件

来店時やWeb問合せの段階で顧客が伝える情報──家賃上限、最寄り駅、間取り、築年数、ペット可否など──は「顕在ニーズ」に分類される。多くの仲介営業が最初に把握するのがこの領域だ。

潜在ニーズ:顧客自身も気づいていない本質的な欲求

一方、「なぜその条件を求めるのか」「その条件の奥にある理想の暮らしとはどんなものか」という部分が「潜在ニーズ」だ。たとえば、「駅から近い物件がいい」という顕在ニーズの裏には、「帰りが遅くなることが多いので、暗い夜道を長時間歩きたくない」という安全面への不安が隠れているかもしれない。あるいは「通勤時間を減らして、朝の時間にゆとりを持ちたい」という生活の質へのこだわりかもしれない。

前者であれば駅徒歩が多少長くても街灯が多く人通りの絶えないルートの物件が適合するし、後者であればバス便でも始発駅に近く座って通勤できるエリアが候補に上がる。同じ「駅近希望」でも、潜在ニーズの違いによって最適な提案はまったく異なるのだ。

なぜ顧客は潜在ニーズを自分から話さないのか

理由は大きく3つある。第一に、「不動産会社には条件を伝えるもの」という固定観念があるため、暮らし方や価値観を話す場だと認識していない。第二に、まだ自分自身でも何が本当に大事なのかを整理できていない。第三に、初対面の営業担当者に対する警戒心が、本音の開示を阻んでいる。

だからこそ、営業担当者の側が「質問の設計力」を持ち、顧客が自然と本音を語り出す環境を整える必要がある。


来店前の”仕込み”が勝負を決める──事前ヒアリングの設計法

Web問合せ・LINE対応で「初期情報」を最大化する

RSC調査では、賃貸契約者の不動産会社を選ぶポイントとして「写真の点数が多い」がトップにランクインし、「不動産会社に対する口コミ情報」が重視度2位に入った。顧客は来店前にすでに相当量のリサーチを終えている。

この段階でのやりとりは、単なるアポイント取得の場ではない。「ご希望の物件を最適にご案内するために、いくつかお伺いしてもよろしいでしょうか」と前置きし、以下の3点を事前に把握しておくことで、来店時のヒアリング品質は格段に上がる。

(1)引越しの背景(なぜ今、住まいを探しているのか) 転勤、結婚、同棲開始、現住居への不満、更新時期──理由によって提案の軸がまったく変わる。

(2)現住居への不満ポイント 「今のお住まいで、ここだけは改善したいと思う点はありますか?」という一問が、潜在ニーズの宝庫になる。

(3)引越し時期の緊急度 「いつ頃までにお引越しをお考えですか?」と聞くことで、提案の温度感やスピード感を調整できる。

来店前にこの3点を押さえておけば、対面でのヒアリングをより深い潜在ニーズの探索に集中させることができる。


実践──潜在ニーズを引き出す7つの質問テクニック

テクニック1:「事実→考え→感情」の三段階で掘り下げる

潜在ニーズの核心は「感情」にある。しかし、いきなり「何が不安ですか?」と尋ねても、初対面で心を開く顧客はほとんどいない。まずは答えやすい「事実」から入り、徐々に内面へ踏み込む段階設計が有効だ。

たとえば「駅から徒歩10分以内」を希望する顧客に対して、こう展開する。

  • 事実を聞く:「ちなみに、今のお住まいは駅から何分くらいですか?」
  • 考えを聞く:「10分以内がご希望とのことですが、5分と10分ではやはり違いますか?」
  • 感情を聞く:「通勤の中で、一番ストレスに感じていらっしゃるのはどの部分ですか?」

事実質問で答えるリズムを作り、思考を整理させ、最後に感情へ到達する。この流れを意識するだけで、「実は帰りが遅いので、夜道の安全が心配で…」といった本音が自然と出てくる。

テクニック2:「あいまい表現」を数値に変換する

「駅からそこそこ近ければいい」「もう少し広い部屋がいい」「ちょっと静かな環境がいい」──顧客が使う「そこそこ」「もう少し」「ちょっと」は、人によって基準がまったく異なる。

この感覚的な表現を放置したまま物件を提案すると、ミスマッチが起きる。必ず具体的な数値に落とし込む質問を挟もう。

  • 「そこそこ近い、というのは何分くらいまでなら許容範囲ですか?」
  • 「今のお部屋の広さは何帖くらいですか?理想はどのくらいあると嬉しいですか?」
  • 「静かな環境とおっしゃいましたが、幹線道路沿いでなければ大丈夫ですか?それとも住宅街の奥まった場所がお好みですか?」

数値化することで顧客自身の頭も整理され、「そう言われてみると、広さより収納の多さのほうが重要かもしれません」といった新たな気づきが生まれることも多い。

テクニック3:「理想の一日」を語ってもらう

条件のヒアリングに終始すると、物件のスペック情報しか得られない。そこで効果的なのが、「新しいお住まいでの理想の一日を教えてください」というオープンクエスチョンだ。

「朝起きて、窓から光が入るキッチンでコーヒーを淹れたい」「週末は近くの公園をランニングしたい」「在宅ワークの日は、仕事部屋と生活空間を分けたい」──顧客が思い描く暮らしの情景には、間取り・方角・周辺環境・収納量など、複数の潜在ニーズが凝縮されている。

RSC調査でも、顧客が物件を決める際に「近隣の生活利便性」を気にする割合は賃貸で高水準を維持しており、物件スペックだけでなく「暮らし全体の質」を重視する傾向が読み取れる。この質問は、そうした全体像を一気に把握できる優れたアプローチといえる。

テクニック4:「引越しの背景」から未来を見通す

前述のRSC調査のデータを改めて分析すると、顧客が不動産会社の対応で満足したこととして「物件の提案や追加の連絡をしてくれた」が賃貸で38.3%に上った。一方、不満だったこととしては「問合せへの回答が的を射ていなかった」が上位に入っている。

的を射た提案をするための最大の武器が、「引越しの背景」に対する深い理解だ。

  • 「今回のお引越しは、どのようなきっかけがあったんですか?」
  • 「1年後、3年後の暮らしはどんなイメージをお持ちですか?」
  • 「ご家族の状況で、今後変化する可能性はありますか?」

たとえば「来年結婚するかもしれない」と分かれば、1Kではなく1LDKの提案が合理的だし、「2年後に地元に戻る予定」と聞ければ、解約時の違約金が発生しにくい物件を優先する配慮ができる。未来を見通した提案は、顧客に「この人は自分の人生を考えてくれている」という信頼を生む。

テクニック5:「前回の住まい探しの失敗談」を引き出す

過去の失敗体験は、潜在ニーズの最も強力な手がかりになる。

  • 「以前のお引越しで、住んでみて初めて気づいた不満点はありましたか?」
  • 「今のお住まいを選んだ決め手は何でしたか?振り返ってみて、それは正解でしたか?」

「日当たりが良いからと思って南向きを選んだけど、夏は暑すぎた」「収納が少なくて部屋が散らかりがちになった」「隣の騒音が気になった」──こうした具体的な体験談は、顧客が無意識に避けたいと感じている条件を明確に教えてくれる。

人は「得たいもの」より「避けたいもの」のほうが行動に強く影響するという心理的傾向がある。マイナスの経験から逆算することで、本人も自覚していなかった「絶対に外せない条件」が浮かび上がる。

テクニック6:「選択肢の対比」で優先順位を見極める

「何が大事ですか?」と聞かれても、顧客は「全部大事」としか答えられないことが多い。そこで有効なのが、二択の比較質問で優先順位を引き出す方法だ。

  • 「駅からの近さと、お部屋の広さ、どちらを優先されますか?」
  • 「築年数が新しいことと、家賃を抑えること、どちらがより重要ですか?」
  • 「静かな住環境と、買い物の便利さ、どちらに惹かれますか?」

RSC調査(2025年)では、賃貸契約者が物件を決める際に気にするポイントとして「家賃」がトップに立ちつつも、「駅の利便性」「建物・設備の綺麗さ」「間取り」「近隣の生活利便性」が僅差で続いている。全員が同じ優先順位ではないからこそ、二択質問でその人固有の価値観を明確化する意義は大きい。

回答が即座に返ってこない場合も焦らない。「悩みますよね。たとえば──」と具体例を添えて考える余白を与えることで、より正直な回答を引き出せる。

テクニック7:「沈黙」を恐れず、顧客に考える時間を与える

質問を投げかけた直後、3秒の沈黙に耐えられず自分で答えを補足してしまう営業担当者は少なくない。しかし、沈黙は顧客が自分の本音と向き合っている貴重な時間だ。

「うーん…」と考え込む場面こそ、潜在ニーズが意識の表面に浮上しようとしている瞬間。黙ってうなずき、穏やかなアイコンタクトを送るだけで、「実は…」と本質的な話が始まることがある。

傾聴の姿勢を示すことは、RSC調査で上位にランクインした「礼儀・丁寧な対応」の本質でもある。話を聞いてもらえたと感じた顧客は、その会社への信頼を大きく高める。


引き出した潜在ニーズを「物件提案」に変換する方法

「条件のリフレーミング」で提案の幅を広げる

潜在ニーズを把握したら、次はそれを物件条件に翻訳する作業が必要だ。たとえば──

顧客の発言(顕在ニーズ)発掘した潜在ニーズ提案への変換
「駅徒歩5分以内がいい」夜道の安全性が不安駅徒歩10分でも商店街を通るルートの物件を提案
「2LDK以上が必要」在宅勤務の集中スペースが欲しい1LDK+書斎コーナー付き物件を候補に追加
「新築がいい」設備の劣化が心配築5年以内でフルリノベーション済みの物件を提案
「家賃7万円以下」趣味にお金を使いたいから固定費を下げたい家賃6.5万円で趣味のスペースが確保できる物件を優先

このように、顕在ニーズの条件をそのまま検索するのではなく、潜在ニーズの本質から逆算して条件を再設定(リフレーミング)する。すると、顧客が自力では見つけられなかった「まさにこれ!」という物件に出会わせることができる。

提案時には「なぜこの物件なのか」を潜在ニーズと結びつけて説明する

物件を提案する際、スペックの羅列で終わってはいけない。ヒアリングで引き出した潜在ニーズに紐づけて説明することで、説得力が格段に高まる。

たとえば、「○○様は夜の帰り道の安全を気にされていましたよね。この物件は駅から12分ありますが、帰り道がずっと商店街のアーケードの中なので、街灯も多く人通りも遅い時間まであります。実際に夜、歩いてみましたが、とても安心感がありました」──こうした提案は、顧客に「自分のことを本当に理解してくれている」と実感させ、他社との決定的な差別化になる。


ヒアリング品質を組織全体で底上げする仕組みづくり

ヒアリングシートの”型”を共有する

属人的な「聞く力」に頼るのではなく、組織としてヒアリングの品質を標準化することが重要だ。具体的には、以下のような項目を盛り込んだヒアリングシートを整備し、全スタッフが活用できる状態にする。

  • 引越しの背景・時期・緊急度
  • 現住居の満足点・不満点
  • 理想の暮らしのイメージ(朝・昼・夜の過ごし方)
  • 過去の住まい選びで後悔した点
  • 家賃に対する考え方(上限だけでなく、何に価値を感じるか)
  • 今後のライフプランの変化予定

このシートは「チェックリスト」ではなく「会話のガイドマップ」として使うのがポイントだ。項目を機械的に埋めるのではなく、自然な会話の流れの中で情報を集められるよう、ロールプレイングで練習を重ねたい。

成約事例の「質問プロセス」を共有する

成約率の高い営業担当者は、何を聞いているのか。成約事例の振り返りの際、「どんな質問をしたか」「どの段階で潜在ニーズが見えたか」「提案をどう変更したか」を具体的に記録・共有する仕組みを作ろう。

たとえば月に一度、チーム内で「ベストヒアリング事例共有会」を開催する。15分で事例を紹介し、他のメンバーが「自分ならこう聞く」とフィードバックする。こうした積み重ねが、組織全体の質問力を着実に引き上げていく。


潜在ニーズ把握がもたらす4つのビジネス成果

1. 成約率の向上

的を射た提案は無駄な内見を減らし、少ない案内回数で成約に至る確率を高める。顧客の検討時間が短縮されるため、他社に流れるリスクも低減する。

2. 顧客満足度の上昇

RSC調査で「物件の提案や追加の連絡をしてくれた」が満足要因の上位に入っているように、「自分では見つけられなかった物件を紹介してもらえた」体験は、満足度を大きく押し上げる。

3. 口コミ・紹介の獲得

期待を超える接客体験は、口コミやSNSでの評判に直結する。同調査で「不動産会社に対する口コミ情報」が会社選びの重視ポイント2位に入っている現状を考えれば、良質な口コミの獲得は次の集客につながる資産となる。

4. 営業担当者のスキル向上とモチベーション維持

「条件に合う物件を検索して見せる」だけの作業は、いずれAIやテクノロジーに代替される。しかし、顧客の人生に寄り添い、本人も気づいていないニーズを引き出す力は、人間にしかできない高度なスキルだ。この力を磨くことは、営業担当者自身のキャリアにとっても大きな武器になる。


今日から始められる3つのアクション

最後に、本記事の内容を明日の業務に落とし込むための具体的なアクションをまとめる。

アクション1:次の接客で「理想の一日を教えてください」と聞いてみる 条件のヒアリングが一通り終わった後、この一言を加えるだけでいい。顧客の反応に驚くはずだ。

アクション2:あいまい表現メモを作る 接客中に顧客が「ちょっと」「そこそこ」「できれば」と言った箇所をメモし、それぞれ数値化する質問を返す習慣をつける。1週間続けるだけで、質問の精度は目に見えて変わる。

アクション3:提案時に「なぜこの物件か」を潜在ニーズで説明する 物件紹介の際に、スペックの説明だけでなく「○○様がおっしゃっていた△△というご希望に合うと思い、選びました」と一言添える。この言葉が、顧客の心を動かす決定打になる。


賃貸仲介の現場は、大手不動産ポータルサイトの充実やオンライン接客の普及によって、情報格差での優位性がなくなりつつある。その中で、顧客が最終的に「この会社で決めよう」と思うかどうかを左右するのは、自分のことをどれだけ深く理解してくれたかという体験だ。潜在ニーズを引き出す質問力は、一朝一夕で身につくものではない。しかし、一つひとつの接客で意識的に実践を重ねることで、確実に磨かれていく。今日の一問が、明日の成約を変える。