なぜ顧客は決めきれないのか?賃貸53.1%が長期検討に──仲介業者が知るべき成約率を高める7つの戦略

不動産賃貸仲介の現場で起きている「静かな変化」

ある不動産仲介店舗のベテラン営業担当者は、最近こう漏らした。「以前なら2週間で決まっていたお客様が、今は1ヶ月以上かけても決められない。何か変わってしまった」──これは、決して一部の店舗だけの問題ではない。

不動産情報サイト事業者連絡協議会が2025年に実施した調査によれば、賃貸物件の契約者のうち53.1%が1ヶ月以上の検討期間を要していることが明らかになった。この数値は前年から増加しており、直近5年間では2021年に次ぐ高水準だ。売買市場においても状況は同様で、3ヶ月以上の検討者が40.3%に達し、前年比4.4ポイントの増加を記録している。

顧客の検討期間長期化は、不動産賃貸仲介業者にとって見過ごせない経営課題である。追客コストの増大、成約率の低下、機会損失の拡大──これらは全て、長期化という一つの現象から派生している。本記事では、統計データに基づきながら、検討期間が長期化する背景を読み解き、実践的な対策を提示する。


データが示す「長期化」の実態──賃貸市場に何が起きているのか

検討期間の分布に見る構造変化

2025年の調査データを詳細に分析すると、賃貸物件契約者の検討期間は以下のように分布している。最も多いのは「1ヶ月〜3ヶ月未満」の層であるものの、「1ヶ月以上」の合計が半数を超えたという事実は、業界全体のトレンド変化を象徴している。

過去11年間の推移を見ても、賃貸物件の問い合わせ不動産会社数は平均3.3社と、2015年以降で最多を記録した。さらに「5社以上」に問い合わせるユーザーが21.0%に達しており、顧客が複数の選択肢を慎重に比較検討する傾向が鮮明になっている。

売買市場の長期化はより顕著

売買物件においては、長期化の傾向がさらに顕著だ。3ヶ月以上の検討期間を要する層が40.3%に達し、問い合わせ不動産会社数も平均3.8社、訪問社数は平均3.0社と、賃貸を上回る水準となっている。「6社以上」訪問するユーザーも増加傾向にあり、慎重な意思決定プロセスが常態化していることを示している。


長期化の5つの構造的要因──顧客心理と市場環境から読み解く

1. 情報過多による「選択の麻痺」

大手不動産ポータルサイトをはじめとする情報チャネルの多様化により、顧客は膨大な物件情報にアクセスできるようになった。しかし、選択肢が増えすぎたことで、かえって意思決定が困難になる「選択の麻痺」が生じている。

調査によれば、契約までに問い合わせた物件数は賃貸で平均5.8物件、「6物件以上」と回答した層が56.8%に達している。情報収集は容易になったが、それが必ずしも迅速な意思決定に繋がっていないのが実情だ。

2. 比較検討の常態化と完璧主義

SNSの普及により、「もっと良い物件があるのではないか」という心理が強まっている。特にYouTubeやInstagramといった視覚的なプラットフォームで、理想的な住空間の情報が日常的に流れ込むことで、顧客の期待値が上昇し、妥協点を見出しにくくなっている

不動産会社を選ぶポイントとして「写真の点数が多い」が最上位に挙げられている事実は、顧客が視覚情報を通じた徹底的な比較を求めていることを裏付けている。

3. 経済的不確実性への対応

物価上昇や将来の収入に対する不安から、住居費という固定費の決定に対して慎重になる傾向が強まっている。賃貸物件を決める際に気にするポイントとして「家賃・管理費」がトップに挙げられているのは当然として、近隣施設の利便性や築年数といった「投資対効果」を重視する姿勢が鮮明になっている。

4. リモートワークの普及と居住価値の多様化

働き方の変化により、住居に求める価値観が多様化した。通勤利便性だけでなく、在宅勤務環境の快適性、周辺環境の質、災害リスクの低さなど、複合的な要素を総合評価する必要性が生じている。

実際、物件情報以外に必要だと思う情報として「周辺情報」が最上位に挙げられ、賃貸契約者の68.0%が重視している。居住地選択の基準が複雑化していることが、検討期間の長期化に直結している。

5. 口コミ・評判への依存度の高まり

不動産会社を選ぶポイントとして「不動産会社に対する口コミ情報」が上位に入り、特に重視するポイントでも2位にランクインしている。顧客は情報の真偽を見極めるため、第三者の評価を参考にする時間を要しているのだ。


長期化に対応する7つの実践戦略──成約率を高めるフォロー体制の構築

戦略1:初回接触の質を最大化する

長期化を前提とするなら、初回接触で顧客の信頼を獲得することが決定的に重要だ。調査では、不動産会社への満足点として「問い合わせに対するレスポンスの早さ」が71.5%でトップに挙げられている。

具体的なアクション:

  • 問い合わせから30分以内の初回対応を標準化する
  • 顧客の希望条件だけでなく、「なぜその条件なのか」という背景まで深掘りする
  • 初回接触時に、今後のフォロープロセスを明示し、安心感を与える

戦略2:段階的情報提供による意思決定支援

一度に全ての情報を提供するのではなく、顧客の検討段階に応じて最適な情報を提供する。

具体的なアクション:

  • 検討初期:立地や家賃帯を軸にした3〜5物件の絞り込み提案
  • 検討中期:内見を通じた実感の醸成と周辺環境の詳細説明
  • 検討後期:契約条件の柔軟な調整可能性の提示

調査によれば、物件を決める際に気にするポイントとして「周辺施設の利便性」が重視されている。周辺環境に関する独自の情報(スーパーの営業時間、治安状況、騒音レベルなど)を段階的に提供することで、顧客の不安を解消できる。

戦略3:デジタルツールを活用した継続的接点創出

対面接客だけに頼らず、オンラインツールを活用した継続的なコミュニケーションが効果的だ。調査では、IT重説の活用意向が56.7%、オンライン接客も49.0%と高い数値を示している。

具体的なアクション:

  • LINEやメールでの定期的な新着物件情報の配信
  • オンライン内見やIT重説の提案による時間的ハードルの低減
  • 顧客管理システム(CRM)による追客スケジュールの自動化

特に賃貸では「オンライン契約」の活用意向が3年連続で増加しており、非対面サービスへの抵抗感が低下している。この潮流を活かすことで、顧客との接点を増やしながら、営業効率も向上させることができる。

戦略4:競合差別化ポイントの明確化

顧客が平均3社以上の不動産会社に問い合わせている現状では、自社の差別化ポイントを明確に打ち出す必要がある。

調査によれば、不動産会社に求めるものとして「丁寧・親切な対応」(68.1%)、「正確な物件情報の提供」(56.3%)が上位に挙げられている。これらは基本であると同時に、最も差が出やすいポイントでもある。

具体的なアクション:

  • 自社独自の物件情報データベース(過去の入居者の声、リアルな住み心地情報など)の構築
  • 地域密着型の強みを活かした「ここでしか得られない情報」の提供
  • 契約後のアフターフォロー体制の充実をアピール

戦略5:不安要素の先回り解消

顧客が長期化する背景には、意思決定における不安や疑問がある。これを先回りして解消することで、検討期間の短縮が可能になる。

調査で明らかになった不満点として「その物件はもう無いと言われた」(17.0%)、「問合せへの回答が的を射ていなかった」(11.6%)が上位に挙げられている。物件情報の鮮度管理と的確な質疑応答が、顧客満足度に直結している。

具体的なアクション:

  • 物件情報のリアルタイム更新と空室状況の透明化
  • FAQ形式での事前情報提供(初期費用の内訳、契約の流れ、審査基準など)
  • 災害リスク情報やハザードマップの積極的な共有

特に災害リスクについては、「災害のリスクが少ない地域である」が物件選択の重要ポイントとして認識されている。自主的にこの情報を提供することで、顧客の信頼を獲得できる。

戦略6:意思決定を促す「ソフトクロージング」の技術

調査では、顧客が不満に感じる点として「契約の意思決定を急がされた」が挙げられている一方、満足点として「こちらの都合を配慮してくれた」が上位に入っている。つまり、プレッシャーではなく、自然な形での意思決定支援が求められている。

具体的なアクション:

  • 「他の候補物件と比較して、どの点が気になりますか?」といった質問による顧客の思考整理の支援
  • 「この物件を選ぶ場合のメリット・デメリット」を客観的に提示
  • 期限を設けつつも、その理由(人気物件のため他の申込者が出る可能性など)を丁寧に説明

戦略7:フランチャイズネットワークによる情報共有と標準化

個店の努力だけでは限界がある。業界全体のベストプラクティスを共有し、標準的なフォロー体制を構築することが、長期的な競争力強化に繋がる。

ネットワークを活用するメリット:

  • 成約率の高い追客シナリオの共有と横展開
  • 顧客管理ツールや業務効率化システムの共同導入によるコスト削減
  • ブランド力を活かした初期信頼の獲得

大規模なフランチャイズネットワークに加盟することで、個店では実現困難なシステム投資や人材育成プログラムにアクセスできる。これは、長期化する顧客との関係構築において、大きなアドバンテージとなる。


長期化を「機会」に変える発想転換

顧客の検討期間長期化は、一見すると不動産賃貸仲介業者にとって負担増に思える。しかし、視点を変えれば、顧客と深い信頼関係を構築する時間が増えたとも言える。

調査によれば、問い合わせや訪問を行う際に不動産会社を選ぶポイントとして、「写真の点数が多い」(67.4%)に次いで「不動産会社に対する口コミ情報」が重視されている。つまり、丁寧なフォローを実践し、顧客満足度を高めることができれば、それが口コミとして広がり、新規顧客獲得にも繋がるのだ。

長期化への対応は、短期的なコスト増をもたらすかもしれない。しかし、顧客生涯価値(LTV)の観点から見れば、一度信頼を獲得した顧客は、将来の住み替え時にも再度相談してくれる可能性が高い。また、知人への紹介というリファラル効果も期待できる。


まとめ:データに基づく戦略的対応が競争力を決める

賃貸53.1%、売買40.3%という長期検討の現実は、もはや一時的な現象ではなく、市場の構造変化として受け止めるべきだろう。情報過多、比較検討の常態化、経済的不確実性──これらの要因は、今後も継続すると考えられる。

不動産賃貸仲介業者が生き残るためには、この長期化を前提としたフォロー体制の再構築が不可欠だ。初回接触の質向上、段階的情報提供、デジタルツールの活用、競合差別化、不安解消、ソフトクロージング、そしてネットワーク活用──これら7つの戦略を組み合わせることで、成約率を高めることができる。

重要なのは、場当たり的な対応ではなく、データに基づいた戦略的アプローチである。顧客がどのような情報を求め、何に不満を感じ、どのような対応に満足するのか──これらを統計的に把握し、自社のオペレーションに反映させることが、競争優位性の源泉となる。

長期化という課題を、顧客との信頼関係を深める機会として捉え直す。その発想転換こそが、これからの不動産賃貸仲介ビジネスの成功を左右するだろう。