問い合わせが成約に変わる——顧客の選択肢を3倍に広げる物件提案術

多様化する顧客ニーズと、成約率を左右する「提案力」の真実
「せっかく問い合わせをもらったのに、成約につながらない」——。不動産賃貸仲介の現場で、こうした悩みを抱える事業者は少なくない。顧客の要望は年々多様化し、物件探しの期間は長期化。最新の調査データが示すのは、顧客が比較検討する物件数の急増と、不動産会社への要求水準の高まりだ。
不動産情報サイト事業者連絡協議会(RSC)が2025年に実施した「不動産情報サイト利用者意識アンケート」によれば、賃貸契約者が問い合わせた物件数の平均は5.7物件で、2018年以降最多を記録。さらに「6物件以上」と回答した層は56.8%に達し、顧客は複数の選択肢を比較しながら慎重に物件を選ぶ傾向が鮮明になっている。
しかし、物件数を増やせば成約率が上がるわけではない。重要なのは、「提案数」と「提案の質」の最適なバランスだ。本記事では、顧客満足度と成約率を両立させる物件提案の実践手法を、最新データと業界の成功事例を交えて解説する。
顧客が不動産会社に求めるもの——データが示す「提案力」の本質
問い合わせから成約まで、顧客の行動は変化している
2025年の調査結果を見ると、賃貸契約者が問い合わせた不動産会社の平均社数は3.3社で、これは2015年以降で最多となった。「5社以上」と回答した層も21.0%に達し、顧客は複数の不動産会社を比較しながら物件を探している実態が浮き彫りになっている。
この背景には、大手不動産ポータルサイトの普及により、物件情報へのアクセスが容易になったことがある。顧客は事前に十分な情報を収集し、複数の選択肢を比較検討した上で問い合わせを行う。つまり、問い合わせの段階で顧客の期待値は既に高まっているのだ。
不動産会社に求められる「3つの提案力」
同調査では、不動産会社に求めるものとして以下が上位にランクインしている。
- 丁寧・親切な対応(全体76.4%、賃貸67.9%)
- 正確な物件情報の提供(全体69.5%、賃貸49.4%)
- 問合せに対する迅速な対応(全体63.9%、賃貸39.5%)
- 物件に対する詳細な説明(全体61.8%、賃貸38.3%)
- 豊富な物件情報の提供(全体53.5%、賃貸38.3%)
この結果から見えてくるのは、顧客が「ただ多くの物件を見せてほしい」のではなく、「正確で詳細な情報」と「迅速な対応」を伴った提案を求めているという事実だ。提案の「量」だけでなく、「質」と「スピード」が成約率を左右する時代になっている。
成約率を高める物件提案の「黄金比率」
提案数は多ければいいわけではない——顧客の選択疲れを防ぐ
行動経済学の研究では、「選択肢が多すぎると、人は決断できなくなる」という「選択のパラドックス」が知られている。不動産業界においても同様で、一度に10件、20件と物件を提案されても、顧客は比較に疲れて決断を先送りにしてしまう。
実務的な観点から、初回提案での最適な物件数は3〜5件とされる。この範囲であれば、顧客は各物件の特徴を記憶し、比較検討しやすい。その上で、顧客の反応を見ながら追加提案を行うことで、選択肢を段階的に広げていくのが効果的だ。
提案の質を高める「4つの軸」
物件提案の質を高めるには、以下の4つの軸を意識することが重要だ。
1. 顧客ニーズの深掘り
表面的な条件(家賃、間取り、駅からの距離など)だけでなく、顧客のライフスタイルや価値観を理解することが鍵となる。例えば、「リモートワークが多いので日当たりと静かさを重視したい」「ペットを飼いたいが、近隣トラブルを避けたい」といった潜在的なニーズを引き出すことで、提案の精度が格段に向上する。
調査データでも、「物件に対する詳細な説明」を求める声が61.8%に達しており、顧客は物件のスペック以上の情報を求めている。周辺環境、日照条件、騒音レベル、過去の入居者の傾向など、実際に住む視点での情報提供が差別化要因となる。
2. 物件の多様性確保
顧客の希望条件を満たす物件の中でも、異なる特性を持つ物件を組み合わせて提案することで、顧客の視野を広げることができる。例えば:
- 条件完全一致型:顧客の希望条件をすべて満たす物件
- 価格重視型:予算内で最も広い間取りや好立地の物件
- 付加価値型:希望条件の一部は妥協するが、想定外の魅力(設備、眺望など)がある物件
この3パターンを提示することで、顧客は自分の優先順位を再確認でき、意思決定がスムーズになる。
3. 情報の正確性と鮮度
調査では、不動産会社への不満として「その物件はもう空いていないと言われた」が最も多く挙げられた(問い合わせた顧客の71.5%が経験)。物件情報の鮮度と正確性は、顧客の信頼を得る上で最も基本的かつ重要な要素だ。
リアルタイムでの物件情報更新体制を整え、提案時には必ず空室状況を確認する。これだけで顧客満足度は大きく向上する。
4. 視覚的なプレゼンテーション
物件情報を文字だけで伝えるのではなく、写真、間取り図、周辺地図、さらには動画やバーチャル内見などを活用することで、顧客の理解度と興味が高まる。調査でも、「写真の点数が多い」ことが不動産会社を選ぶポイントの第1位(67.4%)となっており、視覚情報の重要性は明らかだ。
段階的提案で成約率を最大化する実践メソッド
ステップ1:初回接触での「3つの選択肢」提示
顧客からの問い合わせを受けた際、まずは以下の3つの物件を提示する。
- 希望条件100%一致型:顧客の要望をすべて満たす物件
- コストパフォーマンス型:予算を抑えつつ、最大限の価値を提供する物件
- プレミアム型:予算は若干上がるが、付加価値が高い物件
この組み合わせにより、顧客は自分の優先順位を明確にしやすくなる。また、3つという数は心理学的にも「少なすぎず多すぎず」のスイートスポットとされている。
ステップ2:顧客の反応に応じた追加提案
初回提案への反応を見ながら、顧客のニーズをさらに深掘りする。「もう少し駅に近い物件はありませんか?」「日当たりを重視したい」といった追加要望が出た場合、それに応じて2〜3件の物件を追加提案する。
ここでのポイントは、一度に提示する物件数を5件以内に抑えること。追加提案の際も、新たな視点や価値を提供できる物件を厳選する。
ステップ3:比較表での意思決定サポート
顧客が3〜5件程度に候補を絞った段階で、物件の比較表を作成して提供する。家賃、初期費用、間取り、駅距離、設備、周辺環境などを一覧化することで、顧客は各物件の優劣を客観的に判断できる。
この段階での丁寧なサポートが、「親切・丁寧な対応」として顧客の満足度向上につながる。
ステップ4:内見後のフォローアップ提案
内見後、顧客が決断に迷っている場合は、内見での気づきを踏まえた新たな提案を行う。「日当たりが気になる」という声があれば、より南向きの物件を提案するなど、顧客の本音に寄り添った対応が成約の決め手となる。
調査でも、「こちらの都合を配慮してくれた」「物件の案内や追加の連絡等をしてくれた」といった対応が満足度の上位に挙がっており、顧客に寄り添う姿勢が評価されている。
提案力を支える3つのインフラ——個人店舗が抱える課題
ここまで、提案の質と量のバランスについて解説してきたが、実際には多くの不動産賃貸仲介業者が以下の課題に直面している。
課題1:限られた物件情報へのアクセス
個人経営や小規模な不動産会社では、扱える物件情報が限定されることが多い。大手不動産ポータルサイトへの掲載物件は増えているものの、独自のネットワークで非公開物件を豊富に持つことは容易ではない。
結果として、顧客に多様な選択肢を提供できず、競合他社に流れてしまうケースが後を絶たない。調査でも、顧客が複数の不動産会社に問い合わせを行う理由の一つに、「より多くの選択肢を求めて」があることが示唆されている。
課題2:情報更新の手間とコスト
物件情報の鮮度を保つには、日々の更新作業が欠かせない。しかし、人手不足やシステム投資の負担から、リアルタイムでの情報更新が難しい事業者も多い。その結果、「既に空いていない物件」を提案してしまい、顧客の信頼を損ねるリスクがある。
課題3:提案ツールの不足
比較表の作成や視覚的なプレゼンテーション資料の準備には時間がかかる。特に繁忙期には、一人ひとりの顧客に丁寧な提案資料を用意することが物理的に困難になる。
フランチャイズ加盟で実現する「提案力の強化」
こうした課題を解決し、顧客満足度と成約率を同時に高める選択肢の一つが、フランチャイズへの加盟だ。特に不動産賃貸仲介の分野では、フランチャイズ本部が提供するインフラとノウハウが、個店の提案力を飛躍的に向上させる。
メリット1:豊富な物件データベースへのアクセス
フランチャイズ本部は、独自の物件情報ネットワークを構築しており、加盟店は膨大な物件データベースにアクセスできる。これにより、顧客のどんなニーズにも対応できる選択肢を提供可能になる。
実際、大手フランチャイズでは、全国の物件情報を一元管理し、加盟店が検索・提案できるシステムを提供している。顧客の希望条件を入力すれば、瞬時に複数の候補物件がリストアップされ、提案準備の時間が大幅に短縮される。
メリット2:自動更新システムによる情報の鮮度維持
フランチャイズ本部が提供する物件管理システムは、空室情報がリアルタイムで更新される仕組みを持つ。これにより、「既に埋まっている物件」を提案してしまうリスクが最小化され、顧客の信頼を確保できる。
メリット3:提案ツールとテンプレートの提供
多くのフランチャイズ本部では、物件比較表、プレゼンテーション資料、提案書のテンプレートを加盟店に提供している。これにより、経験の浅いスタッフでも、プロフェッショナルな提案資料を短時間で作成できる。
さらに、顧客対応マニュアルや提案スクリプトも整備されており、接客の質を標準化できる。調査で上位に挙がった「丁寧・親切な対応」「迅速な対応」「詳細な説明」といった要素を、組織全体で実現できるのがフランチャイズの強みだ。
メリット4:ブランド力による集客効果
知名度のあるフランチャイズブランドは、それだけで顧客からの信頼を得やすい。大手不動産ポータルサイトでの露出も増え、問い合わせ数の増加が期待できる。
調査でも、「不動産情報サイト」が最も信頼できる情報源とされており(全体で51.0%)、ポータルサイトでの存在感がビジネスの成否を分ける時代になっている。フランチャイズ加盟により、ポータルサイトへの掲載支援やSEO対策のサポートを受けられることも大きなメリットだ。
メリット5:継続的な研修とノウハウ共有
フランチャイズ本部は、加盟店向けに定期的な研修を実施し、最新の市場トレンドや提案手法を共有する。他店舗の成功事例を学ぶことで、自店舗の提案力を継続的に向上させることができる。
データが示す、提案力向上の投資対効果
顧客の物件探しが長期化・複雑化する中で、不動産会社に求められる役割は「物件を紹介する」から「最適な住まいを提案する」へとシフトしている。
RSCの調査では、住まい探しから契約までの期間が「1カ月以上」の割合が賃貸で64.3%に達し、前年から6.7ポイント増加した。顧客はじっくりと時間をかけて比較検討しており、その過程で質の高い提案を受けた不動産会社が選ばれる時代になっている。
提案力の向上は、一見すると手間やコストがかかるように思える。しかし、顧客満足度の向上は成約率アップとリピート率向上につながり、長期的には大きなリターンをもたらす。さらに、満足した顧客からの口コミは、新規顧客獲得の重要なチャネルとなる。
調査でも、「不動産会社に対する口コミ情報」が不動産会社を選ぶポイントの上位に挙がっており(全体で44.4%)、顧客体験の質が次のビジネスチャンスを生む好循環が確認できる。
まとめ:提案力が競争優位性を生む時代
不動産賃貸仲介業界は、顧客の情報収集能力が高まり、競争が激化する中で、提案力こそが最大の差別化要因となっている。
本記事で解説した「提案数と質のバランス」「段階的提案メソッド」は、どの事業者でも明日から実践できる手法だ。しかし、それを支えるインフラ——豊富な物件情報、リアルタイム更新システム、提案ツール——を個店で整備することには限界がある。
フランチャイズへの加盟は、こうしたインフラを一気に手に入れ、提案力を飛躍的に向上させる選択肢の一つだ。顧客満足度の向上、成約率アップ、そして持続的な成長を実現するために、自社の提案力を見つめ直し、必要な投資を行う時期に来ているのではないだろうか。
提案力の強化は、目の前の成約だけでなく、長期的な顧客関係の構築と、事業の持続的成長につながる。データが示す顧客ニーズの変化に真摯に向き合い、提案の質を高める努力こそが、これからの不動産賃貸仲介業界で生き残るための鍵となる。
【参考データ】
- 不動産情報サイト事業者連絡協議会(RSC)「不動産情報サイト利用者意識アンケート」2025年調査結果
- 調査期間:2025年1月28日〜5月30日
- 有効回答数:948人(過去1年のうちにインターネットで自身が住む住まいを賃貸または購入するために不動産物件情報を調べた人)

