不動産クレーム対応でストレスをためない7つの方法|賃貸仲介のプロが実践するメンタルケア術

「なぜ、私が怒られなければならないのか」――クレーム対応を経験した不動産営業担当者なら、一度はこう感じたことがあるだろう。自分のミスではないにもかかわらず、顧客からの厳しい言葉を受け止めなければならない。その積み重ねが、いつしか大きなストレスとなり、心身を蝕んでいく。
不動産賃貸仲介業は、高額な取引と複雑な利害関係が絡み合う現場である。顧客の期待値は高く、わずかな行き違いが重大なクレームへと発展することも珍しくない。しかし、適切な対処法を身につけ、組織全体でサポート体制を構築すれば、クレーム対応は決して「地獄」ではなくなる。本記事では、最新の調査データを基に、不動産仲介の現場で働く人々が実践できる具体的なメンタルケア術を紹介する。
不動産仲介業はなぜクレームが多いのか
不動産業界がクレームの多い業種であることは、業界内では広く知られている。その背景には、いくつかの構造的な要因が存在する。
まず、取り扱う商品の特性がある。住まいは人生における最大級の買い物であり、顧客は自然とシビアになる。賃貸であっても、月々の家賃は家計に大きな影響を与えるため、物件選びには慎重さが求められる。この緊張感が、些細な不満をクレームへと昇華させやすい土壌を作っている。
次に、情報の非対称性がある。不動産取引には専門知識が必要であり、一般消費者が全てを理解することは難しい。この知識格差が「説明不足」「聞いていなかった」といった不満を生む原因となる。
さらに、利害関係者の多さも要因の一つだ。賃貸仲介においては、借主だけでなく、オーナーや管理会社との調整も必要になる。時に「板挟み」状態となり、双方からの不満を一身に受けることになる。
2025年最新調査が示す「顧客が不満を感じる瞬間」
不動産情報サイト事業者連絡協議会(RSC)が2025年に実施した「不動産情報サイト利用者意識アンケート」は、顧客が不動産会社に対して抱く不満の実態を明らかにしている。契約者を対象としたこの調査から、クレームにつながりやすいポイントが浮かび上がってきた。
顧客が不満を感じた具体的場面
調査によると、顧客が不動産会社の対応で不満を感じた項目の上位は以下の通りである。
全体での不満上位項目
- 「問合せをしたら『その物件はもうない』と言われた」(18.8%)
- 「言葉遣いや対応が気に障った」(18.1%)
- 「問合せへの回答が的を射ていなかった」(17.4%)
- 「問合せをしたら返答が遅かった」(16.0%)
- 「契約の意思決定を急がされた」(15.3%)
賃貸契約者に限定すると、「契約の意思決定を急がされた」(24.7%)、「問合せをしたら『その物件はもうない』と言われた」(23.5%)が特に高い数値を示している。
一方、売買契約者では「問合せへの回答が的を射ていなかった」(20.6%)、「問合せをしたら返答が遅かった」(17.5%)が上位に入った。
顧客が重視する「対応の質」
同調査では、不動産会社に求めるものについても調査が行われた。「丁寧・親切な対応」が全体で78.6%とトップに立ち、「正確な物件情報の提供」(75.3%)、「問合せに対する迅速な対応」(67.6%)が続く。
特に注目すべきは「特に重要なもの」として挙げられた項目だ。「丁寧・親切な対応」が22.2%で最多となり、これは「正確な物件情報の提供」(16.7%)を上回っている。顧客は物件情報そのものよりも、「どのように対応されるか」を重視している実態が見えてくる。
クレーム対応でメンタルが消耗する「本当の原因」
クレーム対応がストレスになる理由は、単に「怒られるから」だけではない。厚生労働省が運営する「こころの耳」でも指摘されているように、クレーム対応者特有の心理的負担が存在する。
「自分のせいではないのに」という葛藤
最も大きなストレス要因は、自分のミスではないことへの対応を強いられる葛藤である。物件情報の更新遅れはシステムの問題かもしれない。オーナーの都合で条件が変わったのかもしれない。それでも、顧客の矛先は目の前にいる担当者に向けられる。
この「理不尽さ」を感じながらも謝罪しなければならない状況が、精神的な消耗を加速させる。
顔が見えないコミュニケーションの難しさ
大手不動産ポータルサイト経由の問い合わせが主流となった現在、電話やメールでの初期対応が増えている。顔が見えない状態でのコミュニケーションは、相手の感情を読み取りにくく、対応の難度を上げている。
表情やしぐさから怒りの度合いを測れない中、言葉だけで状況を収束させなければならない。この「見えない敵との戦い」が、担当者の心理的負荷を高めている。
組織のサポート不足
実は、クレーム対応そのものよりも深刻な問題がある。それは「クレーム対応後のサポートがない」ことだ。
ある調査では、離職理由としてクレーム対応を挙げた人の多くが、実際には「クレーム対応中に周囲のサポートがなかった」「助けを求めたのに対応してもらえなかった」といった環境要因を指摘している。つまり、クレーム自体ではなく、「孤立無援」の状態が離職の引き金になっているのだ。
今日から実践できる「ストレスをためない」7つの対処法
ここからは、現場で即座に活用できる具体的な対処法を紹介する。これらは、業界で長く活躍するベテラン営業マンや、メンタルヘルスの専門家が推奨する実践的なテクニックである。
1. クレームは「個人攻撃」ではなく「会社へのフィードバック」と捉える
最も重要な心構えは、クレームを自分個人への非難と受け取らないことだ。顧客が不満を感じているのは、サービス全体や会社のシステムに対してである。たまたま対応窓口となった自分が矢面に立っているだけであり、人格を否定されているわけではない。
真面目な人ほど「自分の責任」と感じてしまうが、それによってメンタルを消耗することは避けたい。「業務として対応している」という冷静な視点を持つことが、精神的安定を保つ鍵となる。
2. 「共感」を最優先する4ステップ対応
クレーム対応には基本的な手順がある。この順序を守ることで、状況が早期に収束し、結果的にストレスも軽減される。
ステップ1:傾聴する まずは相手の話を最後まで聴く。途中で遮ったり、言い訳を始めたりしない。
ステップ2:共感を示す 「ご不便をおかけして申し訳ございません」「お気持ちはよくわかります」と、相手の感情に寄り添う言葉を伝える。
ステップ3:事実を確認する 感情が落ち着いてから、具体的な事実関係を確認する。
ステップ4:解決策を提示する できることとできないことを明確にした上で、具体的な対応策を提案する。
研修を受けた担当者からは「共感することを意識するだけで、クレームが大きくなりにくくなった」という声が多く聞かれる。
3. 「クレーム対応カンペ」を作成する
よくあるクレームパターンとその対応フレーズをまとめた「カンペ」を用意しておくと、いざという時に慌てない。
例:物件がすでに成約済みだった場合 「大変申し訳ございません。ご案内した物件は、〇〇様からお問い合わせをいただいた後に、別のお客様からお申込みが入り、成約となりました。同じエリアで条件の近い物件を改めてお探しし、本日中にご連絡いたします。」
このように、謝罪・事実説明・代替案提示をセットにしたフレーズを準備しておくと、心理的余裕が生まれる。
4. 対応後は「物理的に離れる」
クレーム対応を終えた直後は、一度業務から離れることが効果的だ。
- 外の空気を吸いに行く
- 飲み物を買いに行く
- 5分間だけ席を外す
このような小さな「切り替え」が、ストレスの蓄積を防ぐ。気にしないタイプの人でも、無意識のうちにストレスを溜め込んでいることがある。意識的に「リセット」の習慣を持つことが大切だ。
5. 一人で抱え込まず「報告」を習慣化する
クレームを受けたら、内容に関わらず上司や同僚に報告する習慣をつける。これには3つのメリットがある。
メリット1:精神的な負担の軽減 話すことで気持ちが整理され、ストレスが軽くなる。
メリット2:対応の改善 第三者の視点から、より良い対応策が見つかることがある。
メリット3:組織としての学び 同様のクレームを防ぐための情報が蓄積される。
「たいしたことない」と思っても報告する。この積み重ねが、チーム全体のクレーム対応力を高めていく。
6. 「運動」と「睡眠」を意識的に確保する
厚生労働省のメンタルヘルスサイトでは、運動がネガティブな気分を発散させ、心身をリラックスさせる効果があると記載されている。特に有酸素運動が効果的で、軽いランニングやサイクリングを1日20分程度、無理のない範囲で継続することが推奨されている。
また、睡眠の質も重要だ。クレーム対応で神経が高ぶった日は、意識的に「眠る環境」を整える。寝る前のスマートフォン使用を控え、入浴でリラックスするなど、自分なりのルーティンを確立したい。
7. クレームを「価値」に変換する思考法
クレーム対応のプロフェッショナルたちは、クレームを「製品やサービスの改善につながる貴重な情報源」と捉えている。
顧客が声を上げてくれるからこそ、問題点が明らかになる。何も言わずに去っていく「サイレントカスタマー」よりも、不満を伝えてくれる顧客の方が、実は会社にとって価値がある。
この視点を持つことで、クレーム対応は「嫌な仕事」から「会社を良くするための重要な業務」へと意味が変わる。自分の仕事に誇りを持てるようになれば、ストレスの感じ方も変化していく。
組織のサポート体制が「長く働ける職場」をつくる
個人の対処法だけでは限界がある。厚生労働省が定める「労働者の心の健康の保持増進のための指針」では、メンタルヘルス対策として以下の4つのケアが示されている。
4つのケアの実践
1. セルフケア 従業員自身がストレスに気づき、対処する力を養う。ストレスチェックの活用や、セルフケア研修の受講が有効。
2. ラインケア 管理職が部下の変化に気づき、適切な対応を行う。クレーム対応後の声かけや、業務量の調整が含まれる。
3. 事業場内産業保健スタッフ等によるケア 産業医や衛生管理者など、専門スタッフによる支援体制。
4. 事業場外資源によるケア 外部の専門機関(医療機関、EAPなど)の活用。
特に不動産仲介業の現場では、2番目の「ラインケア」が重要になる。クレーム対応を終えた部下に対して、上司やリーダーがどのように声をかけ、フォローするかが、離職防止の鍵を握っている。
「声かけ」が離職を防ぐ
クレーム対応後のフォローは、特別なスキルがなくても実践できる。
「少し休憩に行っておいで」と声をかける。話を聞く姿勢を見せる。これだけで、担当者の精神的負担は大きく軽減される。
逆に最も避けるべきは「放置」だ。クレーム対応でダメージを受けた状態にもかかわらず、誰からも声をかけられない状況は、孤立感を深め、離職への道を加速させる。
フランチャイズ加盟で得られる「サポートの安心感」
個人経営や小規模な不動産会社では、メンタルヘルス対策に十分なリソースを割くことが難しい現実がある。経営者自身がクレーム対応に追われ、スタッフのケアまで手が回らないケースも少なくない。
こうした課題に対する一つの解決策として、フランチャイズへの加盟がある。
大手フランチャイズ本部では、加盟店に対してさまざまなサポート体制を構築している。定期的な巡回訪問や相談窓口の設置、加盟店同士のネットワークを通じた情報共有など、孤立しがちな店舗経営者や従業員を支える仕組みが整っている。
例えば、クレーム対応のノウハウが本部から共有されることで、同じ失敗を繰り返すリスクが減る。また、困ったときに相談できる相手がいることは、精神的な安定につながる。
業務システムの提供やマニュアルの整備も、日々の業務負担を軽減し、結果的にストレスの原因を減らすことに貢献する。
まとめ:クレーム対応は「技術」で乗り越えられる
不動産賃貸仲介の現場でクレーム対応を避けることはできない。しかし、適切な技術と組織のサポートがあれば、ストレスをコントロールし、長く健康に働き続けることは可能だ。
本記事のポイント
- 顧客の不満上位は「物件がない」「対応の悪さ」「回答の遅さ」
- クレームは個人攻撃ではなく、会社へのフィードバックと捉える
- 共感を優先した4ステップ対応で状況を早期収束させる
- 対応後は物理的に離れ、一人で抱え込まない
- 組織のサポート体制(特にラインケア)が離職防止の鍵
- フランチャイズ加盟によるサポート体制の活用も選択肢の一つ
クレーム対応で疲弊し、この業界を去っていく人材は少なくない。しかし、それは非常にもったいないことだ。不動産仲介は、人々の「住まい」という人生の重要な場面に関わる、やりがいのある仕事である。
自分を守る技術を身につけ、支え合える環境を整える。それが、この業界で長く活躍し続けるための第一歩となる。
本記事で引用した調査データは、不動産情報サイト事業者連絡協議会(RSC)「不動産情報サイト利用者意識アンケート」2025年版に基づいています。


