「あの人だから売れる」を終わらせる——不動産仲介チームで成功事例を共有し、組織力を10倍にする方法

ある地方都市の不動産会社で起きた変化

「うちのエース社員が辞めたら、売上の3割が消える」——そんな不安を抱える経営者は少なくない。

愛知県のある賃貸仲介会社では、トップ営業マンの退職をきっかけに売上が激減した。しかし、その後わずか1年で業績を回復させた。秘密は「属人化していたノウハウを、チーム全体の資産に変える仕組み」を構築したことにあった。

不動産情報サイト事業者連絡協議会(RSC)が2025年に実施した調査によると、顧客が物件契約までに問い合わせる不動産会社数は平均3.5社。賃貸に限れば3.3社と、2015年以降で最多を記録している。比較される時代だからこそ、「誰が対応しても選ばれる組織」を作れるかどうかが、生き残りの分かれ目となる。

本稿では、個人の成功体験を組織の財産に変える具体的な手法と、明日から実践できるTipsを紹介する。


なぜ今、成功事例の共有が不可欠なのか

顧客の比較行動が加速している

前述のRSC調査では、顧客が契約までに問い合わせる物件数も平均5.5件と、前年から1.1件増加した。「6件以上」と回答した割合は全体の37.5%に達する。

つまり、顧客は複数の不動産会社を「品定め」している。担当者によって対応品質に差があれば、それだけで競合に顧客を奪われるリスクが生じる。

顧客満足の鍵は「迅速な対応」と「的確な情報提供」

同調査で「不動産会社の対応で満足だったこと」として最も多かった回答は「問い合わせに対するレスポンスの早さ」で71.5%。次いで「都合への配慮」が51.4%、「言葉遣いや対応が丁寧だった」が44.4%と続く。

これらは特定の才能ではなく、仕組みで標準化できる要素だ。トップ営業マンがなぜ高い満足度を得ているのかを分析し、チーム全体に展開すれば、組織全体の対応品質は確実に底上げできる。

「属人化」が招く3つのリスク

成功事例を個人に留めておくことは、以下のリスクを内包する。

1. 人材流出リスク 優秀な人材が退職すれば、そのノウハウも一緒に流出する。補充にかかるコストと時間は計り知れない。

2. 成長の停滞リスク 新人が自己流で学ぶしかない環境では、成長速度にばらつきが生じる。戦力化までの期間が長期化し、機会損失が発生する。

3. 品質のばらつきリスク 担当者によって対応品質が異なれば、口コミ評価にも影響する。RSC調査では「不動産会社に対する口コミ情報」が、不動産会社を選ぶ際に「特に重視するポイント」で2位にランクインしている。一人の不適切な対応が、会社全体の評判を左右しかねない。


成功事例を共有する5つの具体的手法

1. 週次の「成功事例ミーティング」を制度化する

形骸化しがちな朝礼や週次会議を、成功事例共有の場に変える。ポイントは3つある。

  • 時間を限定する:15〜20分程度に収める。長すぎると参加者の集中力が切れる
  • 発表者を輪番制にする:特定の人に偏らないよう、全員が発表機会を持つ
  • フォーマットを統一する:「状況→行動→結果→ポイント」の4項目で整理させる

たとえば「転勤で急いでいるお客様に、オンライン内見とIT重説を提案したところ、来店なしで契約に至った」という事例なら、以下のように整理できる。

項目内容
状況東京から転勤予定。来店は難しいが、2週間後には入居したい
行動候補物件3件をオンライン内見で案内。IT重説で当日中に重要事項説明を完了
結果来店なしで契約成立。所要時間は問い合わせから5日
ポイント顧客の「時間がない」ニーズを先読みし、非対面サービスを提案した

RSC調査によれば、IT重説の活用意向は賃貸で56.7%と過去最高を記録している。こうした事例を共有することで、非対面ニーズへの対応力が組織全体で向上する。

2. 「ナレッジベース」をデジタルで構築する

口頭での共有は、聞いた瞬間は「なるほど」と思っても、1週間後には忘れられる。成功事例を蓄積・検索できるデジタルのナレッジベースを構築すべきだ。

導入しやすいツール例

  • Googleドキュメント/スプレッドシート:無料で始められ、共同編集も容易
  • Notion:検索性が高く、タグ付けでカテゴリ分類が可能
  • 社内チャットツールの専用チャンネル:日常の延長で投稿しやすい

カテゴリ分けの例

  • 接客・ヒアリング術
  • 物件提案のコツ
  • クレーム対応
  • 契約促進テクニック
  • オーナー営業
  • ITツール活用

重要なのは「更新のハードルを下げること」。完璧な文章を求めず、箇条書きや音声入力でもOKというルールにすれば、投稿頻度は格段に上がる。

3. 「シャドーイング」で暗黙知を可視化する

ベテラン社員の接客には、言語化されていない「暗黙知」が多く含まれる。新人がベテランの接客に同席し、観察学習する「シャドーイング」は、この暗黙知を吸収する有効な手法だ。

シャドーイングのルール設定例

  • 観察後、必ず「気づきメモ」を3つ以上書き出す
  • ベテラン社員にフィードバックをもらう時間を設ける
  • 気づきメモをナレッジベースに投稿し、チーム全体で共有する

RSC調査では「写真の点数が多い」が不動産会社を選ぶポイントのトップだった。なぜ自社のトップ営業は魅力的な物件写真を撮れるのか。シャドーイングを通じて「撮影時のちょっとした工夫」を言語化できれば、チーム全体の写真品質が向上する。

4. 「成功の再現性」を検証するPDCAを回す

成功事例をただ共有するだけでは、組織力は高まらない。他のメンバーが実践し、成果を検証するサイクルを回すことが重要だ。

PDCAの回し方

  1. Plan(計画):共有された成功事例の中から、自分が実践するものを1つ選ぶ
  2. Do(実行):次週、実際に試してみる
  3. Check(検証):成果が出たか、出なかった場合は何が違ったかを振り返る
  4. Action(改善):自分なりのアレンジを加え、再度実践する

このサイクルを週次ミーティングに組み込めば、「聞いて終わり」を防げる。

5. 「失敗事例」も共有する文化を作る

成功事例だけでなく、失敗事例の共有も組織学習には欠かせない。ただし、これには心理的安全性が前提となる。

RSC調査によると、不動産会社の対応で不満だったこととして「その物件はもういないと言われた」(18.8%)、「言葉遣いや対応が気に障った」(18.1%)、「問い合わせへの回答が的を射ていなかった」(17.4%)が上位に挙がっている。

こうした「やってしまいがちな失敗」を、個人を責めずに組織の学びとして共有できるかどうか。経営者・管理職の姿勢が問われる。

具体的には、以下のルールを設けるとよい。

  • 失敗を報告した人を責めない
  • 「なぜ起きたか」より「次にどう防ぐか」に焦点を当てる
  • 失敗を報告した人を「組織に貢献した人」として評価する

共有の仕組みを定着させる3つのポイント

ポイント1:経営者自らが率先して共有する

「部下に共有しろ」と言いながら、経営者自身が情報を抱え込んでいては説得力がない。経営者が自らの成功体験・失敗体験を率直に語ることで、組織全体に「共有することが当たり前」という文化が生まれる。

ポイント2:共有を「評価項目」に組み込む

人は評価されることに時間を使う。ナレッジベースへの投稿数や、週次ミーティングでの発表回数を人事評価の一項目に加えることで、共有行動が促進される。

ただし、数を追いすぎると質が低下するリスクもある。「他のメンバーから『参考になった』と評価された件数」など、質を担保する指標も併用したい。

ポイント3:小さな成功体験を可視化する

「共有したおかげで成約できた」という体験が増えれば、共有文化は自然と定着する。成功事例を活用して成果を上げたメンバーを、週次ミーティングで紹介する。共有した側も活用した側も称えることで、好循環が生まれる。


成功事例共有がもたらす副次的効果

新人の早期戦力化

成功事例のナレッジベースがあれば、新人は「まず読んで学ぶ」ことができる。OJTだけに頼る場合と比べ、戦力化までの期間を大幅に短縮できる。

採用競争力の向上

「ノウハウが体系化されている」「先輩の成功事例を学べる環境がある」ことは、求職者にとって魅力的な訴求ポイントとなる。人材不足が深刻な不動産業界において、採用競争力の向上は経営課題そのものだ。

組織のレジリエンス(回復力)強化

特定の人材に依存しない組織は、急な退職や休職にも動じない。誰が抜けても業績を維持できる体制は、経営の安定性を高める。


フランチャイズ加盟という選択肢

成功事例の共有を自社だけで実現するのは、正直なところ簡単ではない。「何を共有すべきか分からない」「そもそも成功事例がない」という悩みを抱える経営者も多い。

こうした課題に対し、フランチャイズ本部のノウハウ提供を活用するという選択肢がある。たとえばハウスコムフランチャイズでは、直営約200店舗の運営で蓄積したノウハウを加盟店に提供している。本部主催のベンチマークセミナーでは、ハウスコム直営店の成功事例に加え、他の加盟店のリアルな実績も定期的に共有される。

加盟店が集う会合では、各店舗間のネットワークを通じて「隣のエリアではこうやっている」「この施策で反響が増えた」といった生きた情報が飛び交う。自社単独では得られない、多様な成功事例に触れる機会が得られるのは、フランチャイズならではのメリットだろう。


明日から始められる3つのアクション

最後に、本記事を読んだ後すぐに実践できるアクションを3つ提案する。

アクション1:今週、成功事例を1つ言語化する

直近1ヶ月で「うまくいった」と感じた案件を1つ選び、「状況→行動→結果→ポイント」のフォーマットで書き出してみる。10分もあれば完成するはずだ。

アクション2:チームメンバーに「最近うまくいったこと」を聞く

雑談の中でよい。「最近、お客さんに喜ばれたことある?」と聞くだけで、埋もれていた成功事例が掘り起こされることがある。

アクション3:来週の朝礼で5分間、成功事例共有の時間を設ける

まずは試験的に1回やってみる。うまくいけば継続し、うまくいかなければ改善する。小さく始めて、大きく育てる。


まとめ

顧客が複数の不動産会社を比較し、口コミを重視する時代。「誰が対応しても選ばれる組織」を作れるかどうかが、競争優位の源泉となる。

個人の成功体験を組織の財産に変える仕組みは、一朝一夕には完成しない。しかし、小さな一歩を踏み出すことで、確実に組織は変わっていく。

本記事で紹介した手法を参考に、まずは今週、1つの成功事例を言語化することから始めてみてほしい。


本記事は、不動産情報サイト事業者連絡協議会(RSC)「不動産情報サイト利用者意識アンケート」(2025年)の調査データを参照しています。