「6物件以上比較する顧客」が約4割に急増──賃貸仲介で”比較疲れ”の顧客を成約に導く実践戦略

賃貸物件を探す顧客の行動が、明らかに変わってきている。不動産情報サイト事業者連絡協議会(RSC)が2025年に公表した「不動産情報サイト利用者意識アンケート」によれば、契約前に問い合わせた物件数が「6物件以上」と回答した人の割合は全体の37.5%に達した。前年の22.6%から約15ポイントもの急増である。賃貸に限定しても37.6%、売買でも37.7%と、いずれも高水準だ。平均問い合わせ物件数は全体で5.5物件と、前年から1.1物件増加している。
つまり、今あなたの店舗を訪れる顧客のおよそ3人に1人以上が、6物件以上を天秤にかけている。この層を「面倒な客」として敬遠するか、「成約ポテンシャルの高い客」として積極的に攻略するか。その判断が、仲介会社の業績を左右する分水嶺になりつつある。
本記事では、多数比較型の顧客が増加した背景を読み解き、彼らの心理的特徴を明らかにしたうえで、現場で即実践できる対応策を具体的に提示する。
比較物件数が急増した背景にある3つの構造変化
情報アクセスの民主化がもたらした”比較のハードル低下”
かつて物件比較は、不動産会社の店舗を何軒も回り、紙の図面を見比べる作業だった。物理的・時間的コストが高いため、3〜4物件の比較が現実的な上限だった。
しかし大手不動産ポータルサイトの進化とスマートフォンの普及が、この構造を根底から覆した。RSCの同調査では、物件情報の鮮度や正確性が信頼できる情報源として「不動産情報サイト」がトップに立ち、SNSでは「YouTube」「Instagram」の利用率が高い。顧客は通勤中の電車内で物件を比較し、昼休みにSNSで内装の動画を確認し、夜にはオンラインで内見予約を入れる。比較という行為そのものの”コスト”が劇的に下がった結果、比較物件数が増加するのは構造的に必然だったともいえる。
家賃上昇局面での”慎重消費”マインド
2025年の賃貸市場では、家賃の上昇傾向が鮮明になっている。特に都市部では、コロナ後の都心回帰と建築コスト高騰の二重効果により、月々の負担感が増している。固定費としての家賃が上がれば、顧客が「失敗したくない」と慎重になるのは当然だ。RSCの調査でも、住まい探しから契約までにかかる期間が長期化傾向にあることが確認されている。賃貸で1ヶ月以上かかった割合は合計で前年比増加し、直近5年で2021年に次ぐ高さとなった。
家賃が高くなるほど、顧客は「本当にこの物件がベストなのか」という確証を求めて、比較物件数を増やしていく。この心理は合理的であり、仲介会社が「早く決めてください」と急かすだけでは、信頼を失うリスクが高い。
口コミ文化の浸透による”第三者検証”の常態化
同調査で注目すべきもうひとつのデータがある。不動産会社を選ぶポイントとして「不動産会社に対する口コミ情報」が「特に重視するポイント」で2位にランクインし、前年比でも増加傾向を示した点だ。
顧客は物件だけでなく、仲介会社そのものも比較している。Googleマップの口コミ、SNSでの評判、知人からの紹介──あらゆるチャネルで情報を収集し、不動産会社のふるい分けまで行ったうえで問い合わせている。つまり、「6物件以上比較する顧客」は決して優柔不断なのではなく、むしろ情報リテラシーが高く、合理的に意思決定しようとしている層だと理解すべきだろう。
“6物件以上比較する顧客”の4つの心理的特徴
多数比較型の顧客を成約に導くためには、まずその行動の裏にある心理を正確につかむ必要がある。現場での観察と調査データを掛け合わせると、4つの特徴が浮かび上がる。
特徴1:「最適解」を求める完璧主義傾向
6物件以上を比較する顧客は、「まあまあ良い物件」ではなく「自分にとっての最適解」を見つけたいと考えている。家賃、立地、間取り、設備、周辺環境──すべての条件をスコアリングし、総合的に最も優れた物件を選ぼうとする。裏を返せば、彼らが最も嫌うのは「後悔」だ。契約後に「もっと良い物件があったかもしれない」と思いたくない。
このタイプの顧客には、物件の提案時に「なぜこの物件があなたに最適なのか」を論理的に説明することが極めて有効になる。
特徴2:情報の”網羅性”に敏感
RSCの調査では、物件情報以外に必要だと思う情報として「周辺環境情報」が全体トップとなり、「交通の便情報」「地盤の強さ(固さ)」が続いた。多数比較型の顧客は、物件そのものだけでなく、生活全体のシミュレーションを行っている。通勤時間、スーパーまでの距離、ハザードマップ上のリスク、夜道の安全性──こうした情報を自ら集め、比較表に落とし込んでいるケースも珍しくない。
つまり、この層に対しては「物件の紹介」だけでは差別化できない。生活情報まで含めた提案型の接客が、信頼獲得の鍵になる。
特徴3:レスポンスの速度と質の”両方”を評価する
不動産会社の対応で満足だったこととして、「問い合わせに対するレスポンスの早さ」が1位、「こちらの都合を配慮してくれた」が2位となった。一方、不満だったことの上位には「その物件はもう無いと言われた」「言葉遣いや対応が気に障った」「問い合わせへの回答が的を射ていなかった」が並んだ。
多数比較型の顧客は、複数の不動産会社に同時に問い合わせていることが多い。RSCの同調査では、問い合わせた不動産会社数の平均が賃貸で3.3社と、2015年以降で最多を記録している。当然、各社の対応が「比較」される。レスポンスが遅い、情報が不正確、質問に対する回答がズレている──こうした対応は、比較検討のなかで容赦なく減点される。
特徴4:意思決定には”背中を押す一言”が必要
多数の選択肢を前にすると、人は逆に決められなくなる。行動経済学で「選択のパラドックス」と呼ばれる現象だ。6物件以上を比較している顧客の多くは、実は「そろそろ決めたい」と思いながらも、最後の一歩を踏み出せずにいる。
このとき、仲介営業の役割は「物件を紹介する人」から「意思決定をサポートするアドバイザー」へと切り替わる。顧客の優先順位を整理し、比較軸を明確にし、「この物件を選ぶ合理的な理由」を一緒に言語化することが求められる。
比較数の多い顧客を成約に導く7つの実践テクニック
テクニック1:初回ヒアリングで”優先順位マップ”を共同作成する
多数比較型の顧客は、自分のなかで条件の優先順位が整理しきれていないことが多い。「駅近がいい」「でも広さも欲しい」「家賃はなるべく抑えたい」──すべてを満たす物件は存在しない。
初回のヒアリング時に、条件を「絶対に譲れない条件(Must)」「できれば欲しい条件(Want)」「あれば嬉しい条件(Nice to have)」の3段階に分類する作業を顧客と一緒に行う。この作業自体が、顧客に「この営業担当は自分の要望を本気で理解しようとしている」という信頼感を生む。
紙やホワイトボードを使い、視覚的に整理するとさらに効果的だ。この”優先順位マップ”は、その後の物件提案すべてのベースラインとなり、「なぜこの物件を提案するのか」の説明根拠にもなる。
テクニック2:比較表を”自社から”提供する
多数比較型の顧客は、頭のなかで──あるいは実際にスプレッドシートで──物件を比較している。であれば、その比較作業を仲介会社の側から先回りして提供してしまうのが得策だ。
自社で紹介した物件について、家賃、管理費、初期費用、間取り、駅からの距離、築年数、主要設備といった項目を一覧にした比較表を作成し、顧客に渡す。他社で見た物件についても、「もしよければ、そちらの情報も加えて一覧にしますよ」と提案する。
この行為は二重の効果をもたらす。第一に、顧客の意思決定を実質的にサポートすることで信頼を深める。第二に、自社が比較検討のプロセス全体をコントロールする立場を確保できる。比較表の「管理者」になれば、顧客が最終的にどの物件を選ぶにせよ、自社を通じて契約する可能性が高まる。
テクニック3:物件の”デメリット”をあえて先に伝える
多数比較型の顧客が不動産会社に不信感を抱く最大の原因のひとつが、「良いことしか言わない」姿勢だ。情報リテラシーの高い顧客ほど、メリットだけを強調されると警戒心を強める。
たとえば、「この物件は駅からの距離がやや遠いですが、その分、周辺の騒音が少なく、実際に住んでいる方の満足度は高い傾向にあります」と伝える。デメリットを先に開示し、その裏返しのメリットをセットで伝える「両面提示」と呼ばれる手法だ。
両面提示は、営業の信頼性を高めるだけでなく、顧客が他社物件と比較する際の判断基準を明確にする効果もある。「あの営業担当はデメリットも正直に教えてくれた」という記憶は、最終的な決断の場面で大きな差を生む。
テクニック4:写真の点数と質を徹底的に上げる
RSCの調査で、不動産会社を選ぶポイント・特に重視するポイントの両方で「写真の点数が多い」がトップに立ち、いずれも直近3年で最多となった。
これは、多数比較型の顧客にとって写真が「一次スクリーニング」の最重要ツールであることを意味する。6物件以上を比較する際、すべてを内見するのは現実的ではない。顧客はまず写真で絞り込み、実際に足を運ぶ物件を2〜3件に厳選する。
写真の枚数は最低でも20枚以上を目安に、居室だけでなく共用部、ゴミ置き場、周辺の街並み、最寄り駅までの道のり、夜間の照明状況まで撮影する。動画やバーチャル内見の活用も効果的だ。「この会社は情報量が多い」という評価は、大手不動産ポータルサイト上での差別化に直結する。
テクニック5:「問い合わせた物件以外」の提案力で差をつける
不動産会社に求めるものとして、「問い合わせた物件以外の物件情報の提供」が全体の約3割にランクインしている。多数比較型の顧客は、自分で見つけた物件だけでは不十分だと感じている。
ここに仲介営業の付加価値がある。顧客が問い合わせた物件の条件を分析し、「この条件であれば、まだポータルサイトに掲載されていないこちらの物件も候補になります」と提案する。非公開物件や新着物件を、顧客の優先順位に合わせてカスタマイズして提示できれば、それはAIやアプリには容易に代替できない”人的価値”になる。
特に、問い合わせ物件の「惜しいポイント」を起点に代替案を提示するのが効果的だ。「ご覧いただいた物件の間取りはお気に召されたようですが、築年数がネックでしたよね。同じ間取りタイプで築5年以内の物件が1件ございます」──こうしたピンポイントの提案は、顧客に「この人は自分の要望を理解している」と実感させる。
テクニック6:レスポンスの”初速”を仕組み化する
前述のとおり、多数比較型の顧客は複数社に同時に問い合わせている。そして、最初にレスポンスをくれた会社に好印象を持ちやすい。RSC調査で「問い合わせに対するレスポンスの早さ」が満足度1位になったデータは、この事実を裏づけている。
反響対応の「初速」を上げるには、個人の努力に頼るのではなく、仕組みで解決すべきだ。自動返信メールの送信は基本として、その後の「人が対応する一次返信」までの時間目標を社内で設定する。反響対応の専任スタッフを配置している会社では、来店率が向上したという報告もある。
具体的な目標としては、問い合わせから30分以内の一次返信を目指したい。自動返信とは別に、問い合わせ内容に応じたパーソナライズされた短文メッセージ──たとえば「〇〇様、お問い合わせありがとうございます。ご希望の△△エリアは現在人気が高く、近日中に新着物件が出る見込みです。詳しくご案内させてください」──を送るだけでも、他社との差は歴然となる。
テクニック7:内見後の”振り返りセッション”を設計する
6物件以上を比較している顧客が内見を終えたあと、多くの仲介営業は「いかがでしたか?」と聞いて終わりにしがちだ。しかし、多数比較型の顧客にとって、この瞬間こそが最も重要な意思決定ポイントになる。
内見後に10〜15分の「振り返りセッション」を設け、以下の3点を整理する。
第一に、今日見た物件のなかで「一番良かった点」と「一番気になった点」をそれぞれ聞き出す。第二に、以前見た物件や他社で見た物件との比較を促す。第三に、初回ヒアリングで作成した優先順位マップと照らし合わせ、「Must条件はすべて満たしていますね」「Want条件のうち3つが該当しています」と具体的にフィードバックする。
この振り返りセッションは、顧客の頭のなかの「漠然とした比較」を「構造化された評価」に転換する作用がある。評価が構造化されると、人は意思決定しやすくなる。「次の週末にもう一度内見して、最終判断しましょうか」という自然な次のステップにもつなげやすい。
やってはいけない──多数比較型顧客への”NG対応”3選
NG1:「早く決めないと無くなりますよ」の常套句
契約の意思決定を急かす対応は、RSCの調査でも不満だったこととして上位にランクインしている。賃貸の満足・不満調査で「契約の意思決定を急かされた」が不満上位に入っている事実を重く受け止めるべきだ。
物件の人気度を伝えること自体は問題ないが、「焦らせる」のと「情報提供する」のは別の行為だ。「この物件には現在3件の問い合わせが入っています」という事実を伝えるのは情報提供、「今日決めないと無くなりますよ」と言うのは焦燥感の誘発。後者は、多数比較型の顧客からの信頼を一瞬で失うリスクがある。
NG2:問い合わせていない物件の押し売り
「問い合わせをしていない(希望していない)物件を必要以上にすすめられた」もRSCの不満項目に含まれている。テクニック5で述べた「問い合わせ物件以外の提案」と、この「押し売り」の違いは明確だ。
前者は顧客の優先順位を理解したうえでの「カスタマイズ提案」であり、後者は会社の都合(在庫消化、広告主物件の優先紹介など)による「一方的な推薦」だ。顧客がこの違いを見抜けないと思ったら大間違いで、6物件以上を比較する情報感度の高い顧客ほど、即座にその意図を察知する。
NG3:物件情報の鮮度管理を怠る
不満だったことの最上位級に「問い合わせをしたら、『その物件はもう無い』と言われた」が入っている。賃貸の不満調査では実にこれが1位だ。
大手不動産ポータルサイトに掲載する物件情報のリアルタイム更新は、もはや”やるべきこと”ではなく”やらなければ致命的なこと”だ。成約済み物件を「おとり」的に掲載し続ける行為は、公正競争規約上の問題であるだけでなく、多数比較型の顧客──つまり複数の不動産会社を横断的に利用している顧客──のなかで、自社の評判を確実に毀損する。口コミサイトやSNSに「おとり物件だった」と書き込まれるリスクは、看過できないほど大きい。
「比較する顧客」こそ、実は”良い顧客”である
ここまで読み進めた方は、ひとつの逆説に気づいたかもしれない。6物件以上を比較する顧客は、対応に手間がかかる一方で、実は仲介会社にとって”質の高い顧客”になりうるということだ。
彼らは情報収集に時間をかけ、自分の条件を明確に持ち、合理的に判断しようとしている。こうした顧客は、丁寧な対応をすれば満足度が高くなりやすく、契約後に「紹介したい不動産会社」として周囲に推薦してくれる可能性も高い。口コミが重視される時代において、一人の満足した顧客が生む波及効果は計り知れない。
RSCの調査全体を通じて見えてくるのは、顧客が仲介会社に求めているものが「丁寧さ」「正確さ」「速さ」「提案力」の4要素に集約されるという事実だ。これらは特別なテクノロジーや莫大な投資がなくても、日々のオペレーションの改善で実現できるものばかりだ。
比較物件数の増加は、賃貸仲介ビジネスにとって「脅威」ではなく「機会」である。多くの物件を比較する顧客の行動パターンを理解し、彼らの意思決定プロセスに寄り添った対応ができる仲介会社こそ、これからの市場で成約率を高めていくだろう。
まずは明日から、問い合わせ対応の一次返信速度を計測するところから始めてみてほしい。小さな改善の積み重ねが、やがて大きな差になる。
出典:不動産情報サイト事業者連絡協議会(RSC)「不動産情報サイト利用者意識アンケート」調査結果(2025年10月27日公表)

